日経サイエンス  2006年6月号

汚染物質を分解するグリーン触媒

T. J. コリンズ C. ウォルター(カーネギーメロン大学)

 染料やプラスチック,アスファルト,殺虫剤といった汚染物質の分子で汚されている河川が米国内には何十カ所もある。織物工場だけでも,毎年約2000億リットルの廃水を米国内の河川に排出している。そうした廃水には反応性の高い染料など危険な化合物が含まれている。さらに,新種の汚染物質が飲料水から検出されるようになった。薬や除草剤,化粧品から避妊用ホルモンまでもが,微量ながら見つかっている。

 

 量そのものはたいてい極めて少なく,濃度にしてppb(10億分の1)とかppt(1兆分の1)だ。1ppbは水泳プールいっぱいの水に塩粒1個を溶かした程度だ。しかし,たとえごく微量でも一部の汚染物資はヒトの成長に生化学的な悪影響を及ぼし,行動や知能,免疫,生殖などに異常をもたらす危険性があると考える人もいる。

 

 幸いにも,改善に向けた努力は始まっている。10年ほど前から,「グリーンケミストリー」と呼ばれる新興の研究分野で,化学製品そのものから,あるいは化学製品を作る過程から危険な要素を取り除く試みが始まっている。この分野では,有害な塗料やプラスチックに代わるより安全な製品を開発し,汚染物質の環境への流出を減らすための新しい生産技術が考案されてきた。

 

 米国化学会のグリーンケミストリー研究所がまとめているように,基本原則は「できてしまった廃棄物を処理・浄化するよりも,廃棄物を出さないようにする」ことだ。しかし,この試みを続けるうちに,グリーンケミストリーの研究者は廃水から残留性汚染物質を除去する安上がりな方法も見つけた。

 

 カーネギーメロン大学のグリーン酸化化学研究所(著者の1人,コリンズが所長を務める)が設計・開発した触媒分子も,こうした成果の1つだ。TAML(tetra-amido macrocyclic ligand,大環状テトラアミド配位子)という名の触媒は,過酸化水素などの酸化剤とともに作用して,多種多様な処理しにくい汚染物質を破壊する。TAMLの作用は,有毒化合物と戦えるように長い時間をかけて進化してきた私たちの身体に備わった酵素の働きをまねている。

 

 実験室でも実地試験でも,TAMLはすぐれた働きをみせた。危険な殺虫剤や染料などの汚染物質を分解し,製紙工場からの廃水の色やにおいを大幅に低減し,致死性の炭疽菌に似た細菌を殺すことができた。TAMLが広く利用されれば,浄化処理のコストは数百万ドルも節約できる可能性がある。さらに,この研究から,古いタイプの化学が引き起こした環境破壊をグリーンケミストリーによって緩和できることも証明された。

 

著者

Terrence J. Collins / Chip Walter

2人はグリーンケミストリーの課題と可能性について一般の人々に広めようと努力している。コリンズは,カーネギーメロン大学化学科のトーマス・ロード教授で,同大学のグリーン酸化化学研究所の所長。ニュージーランドのオークランド大学名誉教授でもある。ウォルターは科学ジャーナリストで『Space Age and I'm Working on That』(William Shatnerとの共著)の著者。カーネギーメロン大学でサイエンスライティングを教えており,ピッツバーグ大学医科センターのコミュニケーション学科副学科長でもある。

原題名

Little Green Molecules(SCIENTIFIC AMERICAN March 2006)

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