日経サイエンス  2006年4月号

実用化が始まった角膜再生

西田幸二(東北大学)

 「ゴルフができるようになりました」。これは,14カ月前に当時は大阪大学にいた私の執刀で角膜移植を受けた男性からの喜びの報告だ。手術前には眼鏡などで矯正しても視力が0.01しか出ず,ゴルフどころか日常生活にも支障をきたすほどだった。

 

 この男性の受けた手術はただの角膜移植ではない。本人の口の粘膜から採った細胞を培養して再生角膜シートを作り,それを移植したのだ。再生角膜を使った移植例はほかにもあるが,口の粘膜細胞から作った再生角膜を移植したのは世界でも初めてのことだ。口の細胞を使えることの意義はきわめて大きい。両眼ともに角膜移植が必要な患者にも,再生角膜を使うことができるからだ(片眼が健康であれば,そちらの眼からの細胞を使う)。

 

 現在,事故や病気などで角膜が混濁して視力を失った患者に対しては,アイバンクの角膜を使った移植が一般的だ。しかし,ドナー不足が深刻な上に,運よく移植ができても他人の角膜は拒絶反応が起きやすい。免疫抑制剤を長期間,飲み続けると,感染症にかかりやすくなるなどの問題点もある。

 

 冒頭の患者の場合,本人の細胞を使っているので拒絶反応の心配はない。世界でも初めての成功例なので,今後の経過を長期にわたって見守る必要があるが,これまでのところ非常に順調といってよい。ほかにもすでに10人ほどが本人の細胞をもとに作った再生角膜シートの移植を受けている(眼からの細胞と口からの細胞の両方の症例を含む)。拒絶反応などのトラブルはなく,1例をのぞいてすべての患者で視力が回復している。

 

  ここでは,患者本人からの細胞を使った再生角膜の話を中心に,眼科分野での再生医療の最先端を紹介しよう。

著者

西田幸二(にしだ・こうじ)

東北大学医学部眼科学教室教授,医学博士。角膜治療の専門家として,基礎研究から患者の診察・手術までを手がけている。1988年に大阪大学医学部を卒業し,大阪厚生年金病院と京都府立医科大学に勤務した後,1998年から米国ソーク研究所で研究活動をし,帰国後の2000年より母校の大阪大学医学部に戻る。臨床と研究の両方をこなしながら,2006年1月に現在の東北大学に移った。工学系をはじめ,異分野の研究者と話のできる環境が何より重要と考えている。

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