日経サイエンス  2005年12月号

特集:地球の未来

絶滅のホットスポットを救え

生物多様性

S.L. ピム C. ジェンキンズ(デューク大学)

 私たちは暖かい雨に打たれながら泥道に立ちつくし,ある牛の放牧場を眺めていた。幅100m,長さ1kmにわたって森林を二分している放牧場だ。ブラジルのリオデジャネイロから車で数時間のこの地で,私たち現代に生きる者は,地球上に現存する生物の多様性を維持できるかどうかにかかわる決定を下そうとしている。この国の海岸沿いには100万km2を超える森林があったが,現在はそのわずか10%しか残っていない。そして,南北アメリカ両大陸で絶滅の危機に瀕している生物種の生息地としては,この10%の林が最も多くの絶滅危惧種を育んでいる。

 

 この放牧場のみならず,陸上でも海洋でも,地球は取り返しのつかないほど貧しくなりつつある。いかなる手段をもってしても絶滅種を復活させることはできない。恐竜たちを復活させたSF『ジュラシック・パーク』のようにはいかないのだ。いたるところで,もはや手遅れの状態になっている。ハワイで私たちは冷たい雨に震えながら,一風変わった響きの名前と奇妙なくちばしを持つ鳥を探したが徒労に終わった。現地でアキアロア,オウ,ヌクプウと呼ばれる鳥たちが最後に目撃されたのは何十年も前のことだ。ポオウリも,この記事を書いた時点では死滅していたようだ。

 

 「絶滅は自然の成り行きではないか」と尋ねられれば,私たちは「その通りだ」と答える。大半の種は,いずれは絶滅する運命にある。絶滅が自然な速度に従って進むだけなら,それも自然の摂理であり,私たちが心配しても始まらない。進化の系統を示す分子レベルの手がかりや化石の証拠から,種は100万年単位で“時を刻んでいる”,つまり,誕生して死滅していることがわかっている。種の寿命を100万年とすると,100万種のうち1種が毎年自然に絶滅することになる。同じ計算をすれば,図鑑に記載されている鳥類1万種のうち1種が100年ごとに絶滅するはずだ。ところが,実際の速度は1年に1種だ。これは明らかに“自然に”とはいえない。100倍の速さで絶滅が進んでいるのだ。

 

 なじみ深い動物や植物が絶滅しているというのも自然に反した事態だ。これには共通した特徴がある。原因が狩猟や外来種の導入,生息環境の破壊といった人間活動にあることだ。さらに別の脅威も迫りつつある。地球温暖化が生息環境の消失に追い打ちをかけ,生物多様性を損なおうとしている。

 

 後に詳しく述べるが,他の種より絶滅しやすい種もあり,そうした種は地理的に集中している。生物多様性を維持するには,特別な地域を保全対象としなければならない。保全のための努力を集中すればよい点はチャンスだが,同時に,難しい問題をはらんでいる。たとえば,そうした特別地域のほとんどが熱帯地方の途上国にあるというのも,問題点の1つだ。

 

 「先進国が発展したのは,自然資源をどんどん使ってきたからではないのか?」という疑問を持つ者もあろう。種の喪失にもかかわらず,むしろ種が喪失したからこそ,人類の暮らし向きがよくなったという解釈だ。「貧しい国に進歩するなと言えるのか」という声もある。

 

 だが,自国の自然資源を破壊したのに利益を得られなかった先進国は,枚挙にいとまがない。世界の富める者たちは,生態系破壊活動の費用を捻出するために自分が巨額の税金を支払っていることにほとんど気付いていない。私たちは自然と金を同時に失っているのだ。一方,貧しい国々の住民も,必ずしも利益を得られるとは限らない。たとえば,彼らはタンパク質の多くを魚類から摂取しているが,地元で漁ができなくなった場合に,地球の裏側から魚を輸入して食卓に載せる余裕はない。それどころか,途上国の人々は燃料も食物も水も,近くの森が提供してくれる無料サービスに頼っている。

 

 多様性を維持するには,まず特別地域を指定し,直ちにその保全に取りかからねばならない。保全に関しては疑問の声も上がるだろう。「生物資源を消費しつつ,多様性を維持できるのか?」──イエス!「種の保存のためには産業革命以前のライフスタイルに戻らなければならないのか?」──ノー!確かに,生物多様性を維持しようとすれば,その費用は莫大だ。しかし,利益もまた莫大なのだ。

著者

Stuart L. Pimm / Clinton Jenkins

デューク大学環境・地球科学部に勤務する2人は,すでに起きてしまった絶滅と今後予想される絶滅を記録し,後者の予防策を見いだそうとしている生態学者。ジェンキンズは環境保全活動の優先順位のマッピングに用いるGIS(地理情報システム)と遠隔測定技術の専門家だ。

原題名

Sustaining the Variety of Life(SCIENTIFIC AMERICAN September 2005)

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