日経サイエンス  2005年4月号

前向き思考で成功できるか

R.F. バウマイスター(フロリダ州立大学) J. D. キャンベル(ブリティッシュコロンビア大学) J. I. クルーガー(ブラウン大学) K. D. ボース(ブリティッシュコロンビア大学)

 物事を前向きに考え,自信を持って臨むことは,心の健康を保つうえで重要だ。これは誰もが直観的にわかっている。だから,できるだけ自尊心を守り,高めようとする人が多いのは特に不思議なことではない。

 

 ただ,驚くべきは,米国では自尊心の高揚が社会的関心事になっているという点だ。少なくともこの国では,自分を肯定的に見ることが,まるで素晴らしい成果を生み出すための心理的な秘訣のように考えられている。逆に自尊心が低ければ,個人やひいては社会的な問題を引き起こす原因になると考えられ,自尊心高揚に向けた大掛かりな社会政策が何十年も続いてきた。

 

 カリフォルニア州では1980年代後半,自尊心と個人的・社会的責任に関する特別委員会が設立された。これは州議会下院議員のバスコンセロスにせっつかれた当時の州知事デュークメジアンが組織したものだ。バスコンセロスは,若者の自尊心を高めれば犯罪や10代の妊娠,薬物の乱用,学業不振,精神の堕落などが減少すると主張した。そのうえ,こうした努力がいずれは州予算の赤字解消に役立つだろうとも述べた。彼がこのような期待を持ったのは,自尊心の高い人は他の人よりも収入が多く,税金をたくさん納めるという説があったからだ。

 

 この特別委員会は専門家チームを組織して文献調査を行った。その報告書では「すべてとはいえないが,社会を悩ませている重大な問題の多くは,その社会を構成する人々の自尊心の低さが原因となっている」と述べている。ところが,この主張を裏付ける証拠はほとんど書かれていなかった。

 

 特別委員会は1995年に解散したが,全米自尊心協会(NASE)という非営利団体がその仕事を引き継いだ。しかし残念ながら,全米自尊心協会の幹部を含め,自尊心向上プログラムに携わっている人たちは新しい研究成果を検証しようとは考えていないようだ。そこで私たち4人は米国心理学協会の支援を受けて,科学文献の調査を始めた。

 

 

再録:別冊日経サイエンス223「孤独と共感 脳科学で知る心の世界」

著者

Roy F. Baumeister / Jennifer D. Campbell / Joachim I. Krueger / Kathleen D. Vohs

4人はPsychological Science誌に自尊心に関する論文を共同執筆した。バウマイスターはケース・ウェスタン・リザーブ大学で心理学の教授を務めた後,2003年にフロリダ州立大学の教授に着任した。キャンベルはバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学の心理学の名誉教授。クルーガーはブラウン大学の心理学教授。ボースはブリティッシュコロンビア大学のサウダー・ビジネススクールでマーケティング・サイエンスと消費者心理のカナダ政府研究教授を務めている。

原題名

Exploding The Self-Esteem Myth(SCIENTIFIC AMERICAN January 2005)

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