日経サイエンス  2004年9月号

幹細胞の実力 再生医療への険しい道のり

R.ランザ(アドバンスト・セル・テクノロジー社) N. ローゼンタール(欧州分子生物学研究所)

 胚性幹細胞(ES細胞)を用いた再生医療への期待が高まりつつある。ES細胞には神経や筋肉,心臓,血管,骨,肝臓など,あらゆる組織に分化する能力が隠されている。しかも,この細胞は発生の初期段階の胚から入手でき,増殖させること自体は困難ではない。

 

 しかし,ES細胞を医療に役立てようと,さまざまな壁が立ちふさがる。まず,どれが本物のES細胞かを見分ける技術が確立されていないため,研究に用いるES細胞を手に入れる方法が明確ではない。ES細胞をコントロールして目的の組織に導く方法も不十分だ。そのため,ES細胞から特定の組織への分化段階にある前駆細胞を用いるほうが現実的だという考え方もある。

 

 さらに生命倫理上の問題も未解決で, ES細胞を発生途中のヒト胚からつくることには批判が多い。クローン技術でつくられたES細胞を利用することについても,再生医療に限ってクローン胚を認めるべきかどうか,意見が分かれている。

 

 一方,成人の身体から採取した成体幹細胞にも注目が集まっている。米国ではES細胞研究が大きく制限されていることもあり,規制のない成体幹細胞がもうひとつの焦点になっている。しかし,成体幹細胞は数が少なく,単独では増殖しにくいうえ,どの程度の多能性をもつのかも不明だ。

 

 ES細胞,成体幹細胞とも研究にはさまざまな困難はあるが,動物実験での成果は少しずつ積み重ねられている。心血管障害や神経変性疾患についての臨床試験も計画されている。まわり道のようではあるが,分子や遺伝子レベルの基礎研究によって幹細胞全般への理解を深めることが,再生医療への道を開くことにつながるはずだ。(編集部)

著者

Robert Lanza / Nadia Rosenthal

いずれも第一線で活躍する幹細胞研究者。ランザはアドバンスト・セル・テクノロジー社の医学部門の責任者であり,ウェイクフォレスト大学医学部再生医学研究所の助教授を務める。現在の研究テーマは胚性幹細胞で,クローニングや組織工学の領域でも先駆的な研究を行っている。ローゼンタールは,ローマにある欧州分子生物学研究所(EMBL)の所長。同研究所のマウス生物学プログラムの責任者でもあり,幹細胞を用いた神経筋組織と心臓組織の再生,胚の心臓発生に関する研究,ヒト疾患のマウスモデルの開発を手がける。EMBLに移る前は,ハーバード大学医学部心血管研究センターの研究室を率いており,医学誌NewEngland Journal of Medicineの分子医学領域のコンサルタントも務めていた。

原題名

The Stem Cell Challenge(SCIENTIFIC AMERICAN June 2004)

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