日経サイエンス  2003年11月号

特集2:ナノマシンを創る

自ら組み上がる“分子の機械”

藤田誠 堀顕子(東京大学)

 21世紀の経済・社会を支える基盤技術として期待されているナノテクノロジー。それを確立する手段として注目されているのが「自己組織化」だ。
 化学物質の合成に自己組織化を利用するには,弱い相互作用をいかに取り入れるかがカギになる。私たちは配意結合に注目した。有機分子と金属の性質によって,結合する方向や結合力,結合する部分の数などが変わるからだ。
 その威力は目を見張るばかりで,既存の合成法では不可能に思えるような複雑なナノ構造体を作り出せるようになった。しかも,部品となる物質(分子)を常温常圧の条件下で水に溶かすだけで,後は勝手に組み上がってくれる。いわば,ジグソーパズルのピースを箱の中に入れて振ると勝手に完成してしまうような合成法だ。
 ここで私たちが使ったトリックは,金属(のりの役目)と配意結合する窒素原子(のりしろの役目)の位置と数をデザインすることだけ。いわば,分子自身がその設計情報を読み取り,さまざまな美しい幾何学的な構造をひとりでに組み上げる。
 こうした分子を合成する過程で,面白い現象が見つかった。多面体分子を他の種類の有機物と一緒に水に溶かすと,おもしろいように有機分子が多面体の空間に吸い込まれていく。また,その内部では,普通の試験管や反応炉では見られない分子の反応が進む。このナノ反応炉では,孤立空間の化学と呼ぶべき現象が起きている。
 自己組織化を化学的に実現するうえで,最も重要なことは構成部品となる分子の設計だ。設計図が正しければ,ただ混ぜるだけで,分子は私たちの目的どおりの精密な形状に組み上がる。ときには予想をはるかに超えた構造の分子ができることもある。
 分子1つ1つが緻密に連携して動く精密機械を創れないだろうか──。私たちの周りにある機械は熱エネルギーを運動エネルギーに変換することで動き,一定の“仕事”をしている。既存のどの機械と比べても,生物はエネルギー変換効率が飛び抜けて高い。分子の世界で同じことを実現するのは困難だが,これは21世紀に引き継がれた大きな科学の課題だ。
 そのためには,仕事に合わせて必要な分子を作り,互いに寄せ集めて一定の動きをさせる必要がある。そこでは,分子運動を制御し,それらをうまく組織化させるという気の遠くなる作業が欠かせない。真の分子マシンが登場するには,まだ多くの時間が必要だろう。
 しかし,機能の異なる分子の部品を設計し,これらを自己組織化によって組み上げられれば,人間が意図した“仕事”のできるナノ構造体ができる。そうなるとナノマシンが現実味を帯びてくる。

著者

藤田誠(ふじた・まこと) / 堀顕子(ほり・あきこ)

藤田は東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻教授。工学博士。日本経済新聞社と米ISI社が2002年に公表した調査によると,1995年1月~2001年6月までに他の研究者から引用された回数は化学分野では日本人研究者として最多だった。科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」の代表者を務める。堀は藤田の研究室に所属する博士研究員。1999年から当時は名古屋大学にいた藤田教授に師事し「カテナンを使った動的な分子操作」の研究に取り組んだ。トヨタ自動車グループが新しい科学技術を切り開くために設立したコンポン研究所の博士研究員も兼ねる。

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