日経サイエンス  2003年9月号

幸福の手紙に潜む進化のルール

C.H. ベネット(IBM) M. リー(ウォータールー大学) B. マ(ウォータールー大学)

 私たちの手元に33通の手紙がある。幸福の手紙などと呼ばれた手紙で,1980年から1995年にかけて集めたものだ。当時,コピー機は一般に普及したころだったが,電子メールはまだ普及していなかった。これらの手紙には「期日以内にコピーを友人たちに送れば,あなたに幸運が訪れる」と記されている。

 

 この33通の手紙は変異しながら,人から人へと伝わってきた。遺伝子と同じように,手紙の平均的な長さは約2000文字だ。また,強力なウイルスのように,ある人からその友達や知人に“伝染”する。この手の手紙を受け取ったことのある人は,おそらく何百万人もいるだろう。「受け取った人や手紙を回した相手に幸運が訪れる」と保証するところは,生存に有利な形質が遺伝しやすいのを思い起こさせる。

 

 ゲノムと同じように幸福の手紙も自然選択を受けるし,共存する“種”との間で部分的な遺伝子の交換が起きることさえある。変異しやすい部分とそうでない部分がある点もゲノムとよく似ている。幸いなことに,DNAと違って幸福の手紙を解読するのは簡単だ。この読みやすさのおかげで,系統学の授業にはもってこいの材料となる。分子生物学の専門知識なしに,進化の過程をたどる方法を説明できるからだ。

 

 幸福の手紙は社会現象としても興味深いが,私たちの関心は別のところにある。というのも,分子生物学でさまざまな生物のゲノムから系統樹を推定するのに用いるアルゴリズムの試験台となってくれるからだ。信頼性の高いアルゴリズムならば,幸福の手紙に応用しても良い結果が得られるだろう。この種の問題に広く適用できる新しいアルゴリズムを使って,33通の手紙の進化をたどってみた。

 

 一方,従来の手法では新アルゴリズムほどうまくいかなかった。私たちのアルゴリズムはゲノム用に開発したものだが,記号が並んでいるものなら何でも解析できる。言語の系統関係を調べたり,学生たちがリポートを写したかどうかを見つけるのにも使える。

著者

Charles H. Bennett / Ming Li / Bin Ma

3人が幸福の手紙の共同研究を始めたのは,香港の山をハイキングしていた時,ベネットがリーに手紙のコレクションのことを話したのがきっかけ。ベネットはニューヨーク州ヨークタウン・ハイツにあるIBMの研究所に勤務するフェローで,情報処理工学を専門とし,量子テレポーテーションの発見者の1人。リーはカナダ・オンタリオ州にあるウォータールー大学の情報工学教授で,バイオインフォマティクスとコルモゴロフ複雑量を研究している。マは同じくウォータールー大学の情報工学助教授で,バイオインフォマティクスとアルゴリズム設計の研究をしている。

原題名

Chain Letters and Evolutionary Histories(SCIENTIFIC AMERICAN June 2003)

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