日経サイエンス  2003年5月号

特集:自殺は防げる

データで見る日本の自殺

詫摩雅子(編集部)

 自殺は男性では死因の6位,女性では8位となっている(1998年,厚生省人口動態統計)。過去最悪となった1999年は3万3048人が自ら命を絶ち,人口10万人あたりで示す自殺率は26.1人になった(警察庁統計)。直近の2001年では3万1042人,率で24.4人とやや減ったが,依然として高いままだ。

 

 日本は世界的に見ても自殺の多い国ではあるが,1998年以降の数字はこれまでの推移から見ても高すぎる。現在は戦後3回目のピーク期にあたるが,1950年代後半と1980年代中ごろの2回のピーク時でも年間2万5000人くらいだった。ピークの谷間にあたる高度成長期(60年代)は1万5000人程度だったから,人数で見れば現在はほぼ倍になったといえる。

 

 警察庁の統計データを見ると,1978年から1997年まで自殺者数はだいたい2万人台の前半で推移していた。戦後2回目のピーク期にあたる1983年と86年に2万5000人をやや上回った程度だ。ところが,1998年に突如として3万2863人に増加する。前年1997年の1.35倍だ。グラフにすると,97年から98年はまるでジャンプしているように見える。

 

 このジャンプ時にはどの年代でも自殺者が増えた。1997年の数値を1.0として比較すると,年代では19歳以下と50歳代の増加が他の年代の増加率を上回っている(図1)。ただし19歳以下は絶対数が少ないので,全体の数値にはさほど影響を与えていない。動機別(遺書のない例を含む)で見ると金銭的な生活苦(経済・生活問題)と仕事がらみ(勤務問題)の増加率が高い。人数では全体の半数近くを占める健康問題は逆にそれほど増加率は高くない(図2)。

 

図1 年代別

年代別(図1)・動機別(図2)に見た自殺

 
2枚とも棒グラフ(左軸)は1997年の数値を
1.0として

前後の年を相対化した。折れ線グラフ(右軸)は自殺者数。

1997年を境にどの年代,どの動機でも自殺者は増えたが,

相対値で見ると,年代では50歳代,動機では生活苦や仕事

がらみが特に増えたとわかる。

図2 動機別

 

 

 

自殺者の増減がそのときの経済状況と密接な関係にあることは,多くの人が指摘している。完全失業率と自殺率の年次推移を見ると,男性で明らかな相関があることがわかる(図3)。この数年の自殺の急増ぶりも長期化する不況の影響が大きいだろう。倒産やリストラで職を失う人も少なくないが,無職の男性では,職に就いている男性よりも自殺のリスクが10倍高いと見る研究者もいる。

図3

 

自殺予防策を始めれば……

 

世界保健機関(WHO)が2002年にまとめた99カ国の自殺率(人口10万人あたり)を見るとリトアニアの45人を筆頭に,ロシア35人,ベラルーシ34人と旧ソ連諸国が上位に並ぶ。ワースト10のうち7カ国は旧ソ連だ。日本の26人は11位で,経済協力開発機構(OECD)加盟国では2位(1位は世界6位のハンガリー),G7各国では1位,それも2位フランスの18人に大きく差をつけての1位となる。

 「北欧と東欧は自殺が多い」といわれてきた。東欧は今も高いが,フィンランドやスウェーデンは下がっている。フィンランドでは自殺率20%減を目標に掲げ,1992~96年に医療関係者の教育や市民への啓発活動などの自殺予防策が実施された。その結果,実施前と比較して9%減らすことに成功した(最悪期との比較では20%の減少)。スウェーデンでは1993年に自殺と心の病気に関する国立センターを設置し,啓蒙・普及活動を行っている。その結果,1990年から2000年の間に男性の自殺率は25人から20人に下がった。

 日本では新潟県松之山町の例が有名だ。高齢者を対象にうつ病のスクリーニング検査をし,必要な場合には面接などを行う。10年の活動後には,自殺率はそれまでの3割以下になった。

 欧米では学校で自殺防止教育をしているところもある。例えば米国ではカリフォルニア州が1980年代に始めたのを皮切りに,各地の高校で実施されている。生徒だけではなく,教師や親のためのプログラムもある。

 また,群発自殺を予防するガイドラインも米国にはある。群発自殺とは,ある自殺が大きく報道されると,そのあとに似た自殺が起きる現象だ。ガイドラインが強調しているのは,日頃の備えの重要さだ。地域にあったプログラムを用意しておき,関係機関の役割分担を明確にしておく,などといった内容だ。興味深いのは,このガイドラインをまとめたのが米疾病対策センター(CDC)だという点だ。CDCといえば,感染症が広がるのを防いだり,予防するのがおもな仕事だ。学校での教育といい,CDCがつくるガイドラインといい,自殺防止が公衆衛生の観点から行われているとわかる。

 北欧の例や新潟県松之山町の例からも明らかなように,きちんとしたプログラムを組んで活動すれば自殺は減らせる。日本でもうつ病の啓発活動や自殺防止策が必要だろう。厚生労働省では遅まきながら2001年度から自殺防止対策を講じてきたが,2003年度にはさらに予算を拡大して職場のメンタルヘルスと地域でのうつ病への啓発活動を行う予定だ。

 

 

自殺に関する“誤解”

 必ずしも誤りではないが,全体像を考えるとやや的外れと思われる表現を耳にすることがある。以下に挙げてみた。

 

若者に自殺が多い:若者では死因の上位に「自殺」が上がってくる。厚生労働省(2001)の統計では,男性では15~19歳,20~24歳ではともに2位(1位は不慮の事故),25~29歳では1位だ。女性でも15~19歳で2位,20~24歳と25~29歳では1位だ。だが,人数や自殺率を見ると,男女とも上の年代の方が大きい。若者の場合,病気で亡くなる人が少ないので,自殺が死因の上位にきてしまうのだ。逆に中高年や高齢者では自殺死亡者が多くても,ガンや心疾患などの病死がそれを上回り,自殺が死因の上位にこない。

 過去には若者の自殺率が非常に高かった時期がある。1950年代後半から60年代の戦後最初の自殺のピーク時だ(上のグラフを参照)。このときと比較すると現在は男女とも自殺率は1/3程度まで下がっている。1950年代以降で比較すると,欧米では逆に増えている国が多い。例えば,米国は1950年以降,15~24歳の白人男性の自殺は3倍に増えた。若者の自殺が増える要因としては,両親の離婚の増加,薬物乱用の蔓延と低年齢化,価値観の変化などが挙げられている。これらは程度の差こそあれ,日本でも問題になっていることだ。なぜ日本では若者の自殺が減ったのか,専門家も答えを出しあぐねている。

 

中高年の男性に自殺が多い:ここ数年だけを見るなら,まさにその通りだ。50歳代の男性の自殺率は,最も自殺率の高い80歳以上の男性に迫る勢いだ。だが,以前からずっとこうだったわけではない。男性中高年の自殺防止は急務だが,高齢者など他の年代への対策を忘れてはならない。

 

男性に自殺が多い:これもまったくその通りで,ほとんどの国で男性の方が女性よりも自殺率が高い。日本でも男性の自殺者は女性の2.5倍である。現在のように中高年の男性自殺者が急増する前(例えば1997年)はだいたい2倍だった。男性が女性の2倍というのは世界的に見ると小さな数字だ。先進国ではやや特殊な部類に入る。米国では男は女の4.2倍,英国は3.6倍だ。日本では女性の比率が高いことがわかる。実際,WHOが把握している99カ国の自殺率を男女別に比較すると,日本は男性では世界12位,女性では5位になる。日本でも男性の方が自殺者は多いが,日本は女性の自殺率が高い国といえる。

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