日経サイエンス  2002年12月号

特集:時間とは何か

時は流れない

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 時が流れるということを疑う人はいないだろう。時間の経過はおそらく人間の認識の最も基本的な側面を表している。というのも,人間は過ぎゆく時間を自己の最も奥深い部分で感じており,それは例えば空間や質量についての体験よりも概してずっと根深いものだからだ。時間の経過は飛んでいる矢や大河の流れに例えられ,私たちを過去から未来へと無情にも連れ去るものとして考えられてきた。シェークスピア(WilliamShakespeare)は「時は巡り」と書き,やはり英国の詩人であるマーベル(Andrew Marvell)は「時という名の,翼のある馬車が迫り来る」とうたった。

 

 こうした見方は詩情をそそるが,一方では衝撃的なパラドックスを生む。現代物理学には,時の経過という概念がないのだ。物理学者たちによると時間は流れず,単に「存在する」だけだ。哲学者の中には,時間の経過という概念それ自体が無意味であり,時間の河や流れという表現は誤解に基づくものにすぎないと論じる人もいる。

 

 時間が私たちの現実世界の体験に深く根ざしているのに,このように誤って認識されるというのはいったいどういうわけだろう。それとも,時間には科学がまだ突き止めていない重要な特性が残されているのだろうか。

 

 私たちは日常,時間を過去・現在・未来の3つに分けている。言語の文法構造もこの区分に基づいている。現実は現在という瞬間に結びついたものだ。私たちの考える過去は過ぎ去ってしまった現実であり,未来はおぼろげで,細部は定まっていない。この単純な考え方では,私たちが意識する「いま」は絶えず前進し,おぼろげな未来にあったことが現在というはかない現実の中に形をなし,そして決して変わることのない過去へと追いやられる。

 

 この見方は常識的で当たり前に思えるが,現代物理学の見解とは真っ向から対立する。

 

 アインシュタイン(Albert Einstein)が友人あての書簡の中で「過去・現在・未来という考え方は幻想にすぎない。抜きがたい考え方ではあるのだが」と書いたのはよく知られた話だ。この驚くべき結論は,彼自身の特殊相対性理論から直接に導かれる。同理論によれば,現在という瞬間に絶対かつ普遍的な意味はない。同時性は相対的なのだ。ある座標系からの観測では同時に発生した2つの事象が,他の座標系では相前後して生じたように観測されることがあり得る。(本文より)

 

 

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著者

Paul Davies

理論物理学者。シドニーにあるマクォーリー大学オーストラリア宇宙生物学センターに在籍。一般向けに物理学分野の書籍を数多く執筆している。研究分野はブラックホール,量子場理論,宇宙の起源,意識の本質,生命の起源など広範囲に及ぶ。

原題名

That Mysterious Flow(SCIENTIFIC AMERICAN September 2002)

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