日経サイエンス  2002年11月号

特集:日本人の肥満学

肥満がなぜ病気を招くのか

松澤佑次(大阪大学)

 いわゆる生活習慣病では,食べ過ぎによる肥満が危険因子として当たり前のように重要視されてきた。しかし,なぜ肥満が多彩な生活習慣病を引き起こすのだろうか? そのメカニズムについては,実は十分に理解できていなかった。肥満という身体現象があまりにも身近なために,病気との関連を科学的に分析する試みがかえって進まなかったことや,脂肪組織の蓄積を十把一からげに捉えてしまったために結果が明確に出なかったことなどが理由としてあげられる。

 

 肥満は糖尿病,高脂血症,高血圧の発症因子であるとともに,これらをひどくする増悪因子でもある。とはいえ,体重が200kgを超えていても健康な人もいれば,逆にそれほど肥満でもないのに1~2kg太っただけで血糖値やコレステロール値が著しく上昇するケースも多い。このことから肥満の程度が生活習慣病の発症を決めているのでは必ずしもないと推察されていた。

 

 私たちは1980年代の初めにCTスキャンで体脂肪量を測定する方法を世界に先駆けて開発した。それまで肥満とは皮下脂肪が蓄積した状態だと考えられてきたが,CTスキャンの画像から,腹腔内にも脂肪が蓄積する例が存在することがわかった。内臓脂肪が蓄積するタイプの肥満は,糖尿病や高脂血症,高血圧,さらには動脈硬化性疾患の頻度が高い「ハイリスク肥満」であることが明らかになった。

 

 

脂肪細胞は内分泌細胞だった

 内臓脂肪の蓄積が生活習慣病の引き金であるのなら,脂肪細胞がいったい何をしているのかを詳しく知る必要がある。私たちは大阪大学細胞生体工学センターの松原謙一名誉教授の指導の下に,脂肪細胞で発現している遺伝子の検索を行った。これはボディーマップ解析と呼ばれるプロジェクトの一環で,人体の各臓器・細胞で発現している遺伝子を調べて比較し,細胞の種類ごとの機能を探ろうという研究だ。

 

 脂肪細胞で発現していた遺伝子のうち,まずはすでに知られている遺伝子を探し,その機能を調べた。脂肪細胞のおもな機能は余剰エネルギーをトリグリセライド(中性脂肪の一種)の形で備蓄し,食料不足に備えることにある。だから,脂肪細胞で発現している遺伝子はこの機能に関連したものが多いだろうと予想していた。ところが驚いたことに,ホルモンや細胞増殖因子などといった細胞外に放出する分泌タンパク質の遺伝子が何種類も数多く発現していた。発現していた遺伝子のうち,分泌タンパク質の遺伝子は皮下脂肪では約20%,内臓脂肪にいたっては30%に達していた。

 

 脂肪細胞はエネルギーを備蓄して飢餓時を乗り越える生体防御機能に加えて,多彩な生理活性物質を放出する内分泌細胞としての機能も持ち合わせていたのだ。私たちは脂肪細胞の分泌物を総称して「アディポサイトカイン」と命名した(アディポは脂肪の意味)。アディポサイトカインの中には免疫反応に関与する補体やさまざまな増殖因子なども数多く含まれていた。脂肪細胞があらゆる臓器に大きな影響をもたらしていることが推察できる。(本文から)

著者

松澤佑次(まつざわ・ゆうじ)

大阪大学大学院医学系研究科分子制御内科学(第二内科)教授,医学博士。日本肥満学会理事長,日本動脈硬化学会理事長。内臓脂肪の重要性を指摘し,脂肪細胞が内分泌細胞であることを突き止めた研究は内外から大いに注目された。2002年に「内臓脂肪症候群の分子機構」でベルツ賞受賞(下記の文献参照)。第二内科創設以来の目標で特色でもある「誠意に満ちた診療で生じた疑問を,最先端の研究で解決する」を目指している。

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

アディポサイトカインアディポネクチン内臓脂肪ホルモン分泌生活習慣病