日経サイエンス  2002年9月号

右脳の天才 サヴァン症候群の謎

D. A. トレッファート(セント・アグネス病院) G. L. ウォレス(ロンドン精神医学研究所)

 レスリー・レムケは卓越した演奏家だ。14歳のとき,彼は数時間前にテレビで初めて聞いたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を,ためらうことなく完璧に弾きこなしてしまった。レムケはそれまでピアノのレッスンを受けたことがなかったし,その後も1度も受けていない。

 

 彼は目が見えず,発達障害と脳性麻痺がある。しかし米国だけでなく海外のコンサートにも出演し,何千曲も演奏し,歌っている。即興演奏や作曲も得意だ。

 

 リチャード・ワウロの絵は世界的に有名だ。元英国首相マーガレット・サッチャーや法王ヨハネ=パウロ2世らも彼の作品のコレクターとして知られている。ワウロがまだ子どもだったころ,ロンドンに住むある美術教師は,彼が描いた油性クレヨンの絵を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。「機械工の正確さと詩人の想像力をもって描かれた途方もない作品でした」という。スコットランドに住むワウロは自閉症だ。

 

 キム・ピークはさながら歩く百科事典。7600冊以上の本を丸暗記していて,米国の都市や町をつなぐ幹線道路を空でいえる。すべての都市の市外局番,郵便番号,その都市をカバーするテレビ局や電話会社名も記憶している。

 

 だれかが自分の誕生日をいえば,それが何曜日だったか,そして定年を迎える65歳の誕生日は何曜日になるのかをたちどころに教えてくれる。またどんなに古い曲の題名も言い当てられる。しかも作曲された年月日,初演日,作曲者の生誕地に誕生日,死亡した日まで知っている。

 

 ピークにも発達障害があり,日常生活では父親に手助けしてもらわなければならないことが多い。1988年の映画『レインマン』で,ダスティン・ホフマンが演じたレイモンド・バビットという役柄は彼がモデルだ。

 

 レムケ,ワウロ,ピークは3人ともサヴァン症候群の患者だ。非常にめずらしい不思議な疾患で,患者は自閉症などのさまざまな発達障害をもつが,そうした精神的ハンディキャップにもかかわらず,驚異的な能力と才能を発揮する。

 

 サヴァン症候群は自閉症患者の10人にひとり,脳損傷患者あるいは知的障害者の2000人にひとりの割合でみられる。サヴァンと判明した患者のうち少なくとも半数は自閉症で,残りの半数にも他の発達障害がみられる。

 

 サヴァン症候群についてはまだ多くの謎が残されている。だが脳の画像診断法の進歩により,疾病の全貌が明らかになってきた。長い間,大脳の左半球損傷説が唱えられてきたが,画像研究の結果はその説を裏付けている。

 

 さらに最近,一部の痴呆症患者にサヴァンに似た徴候が突然出現すると報告されたことから,すべての人の脳に天才的な才能がひそんでいる可能性も考えられるようになった。

著者

Darold A. Treffert / Gregory L.Wallace

トレッファートとウォレスは,ともに長年サヴァン症候群に関心をもってきた。トレッファートはウィスコンシン州フォンドゥラックにあるセント・アグネス病院の精神科医。初めてサヴァン患者に出会った1962年以来,自閉症とサヴァン症候群を研究してきた(メールアドレスはdtreffert@pol.net)。ウォレスはロンドン精神医学研究所の社会・発生・発達精神医学研究センターの客員研究員。彼は現在,自閉症患者にサヴァン技能がみられる確率が高い理由について研究している(メールアドレスはg.wallace@iop.kcl.ac.uk)。

原題名

Islands of Genius(SCIENTIFIC AMERICAN June 2002)

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