日経サイエンス  2002年8月号

特集:ナノカーボン

難病克服に“新兵器”

磯部寛之 中村栄一(ともに東京大学)

 近年,C60などのフラーレンに別の分子を結合させて今までにない機能を発揮させる化学修飾の手法が進展し,医薬品や機能材料の開発を目指した研究が活発になっている。直径約1nmのフラーレンは炭素原子だけでできているため,疎水性が強く水にまったく溶けない。光エネルギーを吸収しやすく,化学反応性も高い。こうした性質をうまく利用することで,他の薬剤にない優れた効果が見つかってきておりごく近い将来,さまざまな疾患の治療にフラーレンが使われるようになるだろう。

 

 有機化学反応によってC60の球面上にカルボン酸やアミンなどの有機官能基がくっついた「有機フラーレン」に変換できる。これまでに,さまざまな手法が開発され,有機フラーレンの分子構造を望み通りに設計して合成できるようになってきた。

 

 フラーレンを使った医薬品の開発は1993年に始まった。まだフラーレンの化学反応性について研究が始まったばかりのころ,日本と米国の2つのグループがフラーレンの生理活性を初めて報告した。1つは私たちのグループ,もう1つはカリフォルニア大学ロサンゼルス校を中心とするグループだ。両グループは有機フラーレンがDNAや酵素のような生体高分子に対してさまざまな機能を発揮することを発見した。

 

 最初に,DNAを切断したり,細胞の増殖を抑えたり,酵素の活性を阻害したりする機能が見つかった。現在,それぞれの機能を生かした医薬品の開発をさまざまな研究機関や企業が手掛けている。

 

 1つの例が光をスイッチにして活性を制御するタイプの医薬品だ。フラーレンに可視光を当てると,そのエネルギーを吸収してエネルギーが高くて不安定な励起状態になる。エネルギーの一番低い基底状態のときよりも,他の分子との間で,電子やエネルギーのやりとりが起きやすくなる。つまり,化学反応を起こしやすい状態になるわけだ。

 

 1993年,私たちのグループは,カルボン酸基をつけることで水に溶ける有機フラーレンを世界で初めて合成した。このフラーレンカルボン酸化合物は光が当たると活性酸素を発生する。これが細胞の増殖を阻害したり,DNAを切断したりするとみられている。

 

 動物実験で有機フラーレンは急性毒性を持たないとわかり,医薬分野への応用が注目されるようになった(これまでにさまざまな有機フラーレンが合成されたが,特に問題となるような毒性は見つかっていない)。

著者

磯部寛之(いそべ・ひろゆき) / 中村栄一(なかむら・えいいち)

磯部は東京大学大学院理学系研究科助手,理学博士。新しい有機化学修飾法の開発による機能性有機フラーレンの設計・合成研究を行っている。この研究で第1回IUPAC若手化学者賞,天然物化学談話会奨励賞を受けている。中村は東京大学大学院理学系研究科教授,理学博士。専門は有機化学で,反応中間体から生物活性までを広く化学反応として捉えて研究を行っている。米科学振興協会特別会員。1992年に日本IBM科学賞,2001年に名古屋メダルを受賞した。中村研究室のウェブサイトは http://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/~physorg/

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