日経サイエンス  2002年4月号

フェアプレーの経済学

K. シグムント(ウィーン大学) E. フェール(チューリヒ大学) M. A. ノワック(プリンストン高等研究所)

 あなたに100ドルを提供しよう。ただし,別のもう1人とこの100ドルを分け合わなくてはならない。厳しい規則があって,あなたたち2人は別々の部屋にいて情報交換はできないし,互いに相手が誰であるかもわからない。コイン投げをして,どちらが「提案者」になるかを決める。提案者は金をどう分けるか,つまり相手の取り分をいくらにするかを1回だけ提案する。残りの1人は「回答者」となり,その提案に対してイエスかノーを答える。回答者もこの規則と金の総額は知っている。回答がイエスならば取引は成立し,提案どおりの額を各自が受け取る。回答がノーならば金は没収され,2人とも何も得られない。ゲームは1回限りで,やり直しはできない。

 

 実際にこのようなゲームをすると,総額の40~50%を相手に与える提案が全体の2/3を占めた。これは驚くにはあたらないだろう。また,相手の取り分が20%未満になる提案をしたのは100人のうち4人だけだった。このような低額の提案は拒否されるかもしれず,リスクが高い。実際,自分の取り分が20%未満になる提案に対しては,回答者の半分以上が拒絶した。

 

 しかし,ここで疑問が生じる。取り分が少なすぎるとはいえ,提案を拒絶する理由がどこにあるのだろう?回答者には2つの選択肢しかない。提案額を受け取るか,何も受け取らないかだ。利己的な人にとって唯一の合理的な選択は,どんな提案でも受諾することだ。たとえ1ドルでも,ないよりはましだ。

 

 ゲーム理論は人間が利己的でしかも合理的に行動すると仮定している。この前提に基づけば,提案者はできるだけ相手の取り分を少なくし,回答者はどんな提案でも受け入れるのが最善の方法となる。しかし,ほとんどの人はこれとは違う行動をとる。

 

 生物が感情を持ち,自分や自分の遺伝子にとって必ずしも有利とはいえない行動をとるようになったのはなぜか。ダーウィン流の自然淘汰を通じてこうした進化がどのようにして起きたのかは,興味深い謎だといえる。

著者

Karl Sigmund / Ernst Fehr / Martin A. Nowak

3人は協力や公平さの諸問題に関する合理的な解を研究している。SCIENTIFIC AMERICAN編集部は3人に分担して最後通牒ゲームに関する記事を書くように依頼した。どう分担するかは,彼らのような専門家にとっても頭を悩ませる問題だったようだ。シグムントはオーストリアのウィーン大学数学科の教授で,ルクセンブルクの応用システム解析研究所を兼任している。進化ゲーム理論についての精力的な論客だ。フェールはスイスのチューリヒ大学実験経済研究所の部長。社会選択や組織,市場,社会の合理的形成について,ゲーム理論と実験を用いて研究している。ノワックはニュージャージー州にあるプリンストン高等研究所の理論生物学プログラムの主任。ノワックの研究範囲は,感染症,進化理論から人間の言語まで多岐にわたる。最近,メイ(RobertM. May)とともに『ウイルスのダイナミクス』を著した。

原題名

The Economics of Fair Play(SCIENTIFIC AMERICAN January 2002)

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