日経サイエンス  2002年4月号

出産の進化

K.R. ローゼンバーグ(デラウェア大学) W. R. トリーバスン(ニューメキシコ大学)

 人間はふつう木の上で出産する習慣はない。しかし2000年3月,モザンビーク南部を襲った洪水の真っただ中で,ソフィア・ペドロは樹上出産を余儀なくされた。ソフィアは700人以上もの命を奪った荒れ狂う洪水の濁流を逃れ,木の上で4日間を生き延びた。数百万年前から,霊長類は木の上や茂みに身を隠し,自力で子どもを産んできた。ヒトは出産に際して他者からの介助を必要とする唯一の霊長類だ。では,われわれの祖先はいつ,そしてなぜ,誰の手も借りずにひとりで子どもを産む習慣を放棄したのだろうか?その答えは,困難と危険をともなうヒト特有の出産の特徴にあった。

 

 出産という作業が容易ではないことは,経験上多くの女性が知っている。これはヒトが大きな脳,そして高度な知能を得た代償だ。ヒトの頭は身体の大きさの割には飛び抜けて大きい。よく知られているように,ヒトが直立歩行を始めたために,胎児の通り道である骨盤内腔の広さが制限されるようになったのだ。しかし,胎児が産道を通る際に複雑に身体をひねったり回転したりするために,10万年以上にわたってヒトとその祖先が出産で苦しんできたということが人類学の研究によってわかってきたのは,つい最近だ。

著者

Karen R. Rosenberg / Wenda R. Trevathan

ローゼンバーグとトリーバスンは,ともに別の角度からヒトの出産を研究している。ローゼンバーグは,デラウェア大学の古人類学者だ。骨盤の形態学を専門とし,ヨーロッパ,イスラエル,中国および南アフリカから発掘されたヒト科の化石を研究してきた。約15年前,出産過程の進化を復元するための手段のひとつとして骨盤の研究を始め,トリーバスンと出会う。トリーバスンは,ニューメキシコ州立大学の生物人類学者で,出産,母性行動,性行為,閉経および進化論的医学を専門とする。両者とも出産の経験者だ。ローゼンバーグは2人の娘の母親であり,トリーバスンは助産婦の資格を持つ。

原題名

The Evolution of Human Birth(SCIENTIFIC AMERICAN November 2001)