日経サイエンス  2001年10月号

ハイパーコンピューターをつくる

T.スターリング(ジェット推進研究所)

 現在,最高速度を誇っているスーパーコンピューターでも,日進月歩の科学の世界では,あすになれば遅すぎて役に立たなくなっているかもしれない。通信や情報処理分野で革命が進んでいるにもかかわらず,人類は健康や福祉,安全保障,経済成長の維持などさまざまな課題を抱えており,最速のコンピューターを駆使しても有効な解決策を見いだせないでいる。最近,科学の重要分野は気候変動の解明や医学,生命科学,核融合,国防,ナノテクノロジー,先端工学,電子商取引などに移ってきた。これらの分野が進展するには,現在最速のスーパーコンピューターより1000倍も速い次世代スーパーコンピューターの開発が欠かせない。

 

 気候変動の解析に代表される非常に複雑な問題を解くには,実際の現象を模擬するモデルをつくり,長い時間かけて再現性や信頼性の高いシミュレーションをする必要がある。これに要求される性能は,現在のスーパーコンピューターをはるかに凌ぐ。現在の機種では1秒当たりの浮動小数点演算(FLOPS)が数兆回という「テラ(1テラは1兆)FLOPS」レベルが限界だ。例えば,以前からの懸案であるタンパク質の3次元構造を解析しようとすると,その計算には100年かかる。これを短時間で実現するには,少なくとも毎秒の浮動小数点演算が数千兆回のペタ(1ペタは1000兆)FLOPS級を実現した「ハイパーコンピューター」が必要になる。

 

 こうしたなか,最新鋭のコンピューターとして注目されているのが「ハイブリッド・テクノロジー・マルチスレッド(HTMT)」と呼ぶシステムだ。現在の高性能機に比べて処理能力が100倍も優れ,コストや電力消費,設置面積ではほぼ同じだ。今後,改良が進めばペタFLOPS級の領域に入り,現在最高のシステムより1000倍以上も速くなる。この目標を達成しようと,多数の研究機関にまたがる学際的な研究チームが新しいコンピューター・アーキテクチャー(設計思想)を開発した。最先端の処理方式やメモリー技術,通信技術の粋を集めており,コンピューターの能力を飛躍的に高め,従来の限界を乗り越える可能性がある。

著者

Thomas Sterling

 米航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)のハイパフォーマンス・コンピューティング・グループの主席科学者。同時に,カリフォルニア工科大学の先進コンピューティング研究センターの研究員も務めている。これまで20年間,高性能コンピューター用の並列処理のハードウエアやソフトウエアを研究してきた。1994年,ペタFLOPSコンピューター開発の国家プロジェクトのリーダーに就任。HTMTの開発プロジェクトを指揮している。

原題名

How to Build a Hypercomputer(SCIENTIFIC AMERICAN July 2001)