日経サイエンス  2001年7月号

自己愛に潜む暴力

R.F. バウマイスター(ケース・ウェスタン・リザーブ大学)

 数年前,ある青年相手のカウンセラーからこんな話を聞いた。すぐに暴力をふるってしまう相談相手の若者と接していると,以前に学んだこととは違う印象を受けるというのだ。「暴力に走る若者は自己評価の低さ(劣等感)に苦しんでいる」と教科書には書いてあるのだが,実際の若者たちは過大な優越感と特権意識を持っているように見えた。

 

 攻撃性が自己評価の低さに根ざしている,という見方は長い間一般的な知識として浸透してきた。しかし,この理論を裏付ける実証的証拠は言うに及ばず,その理論を公式見解として示した本や論文は見つからなかった。誰もが知っているものの,証明した人は誰もいないのだ。

 

 自信がなく,自分はだめな人間だと思うタイプの人は,恥をかかないようにするのに必死で,自分の優越性を証明してやろうなどという欲求はまったく出さずに,人生をどうにかこうにかやり過ごしている。攻撃するには危険が伴う。自己評価の低い人は危険を避けようとする傾向が強く,失敗をした時,他者ではなく,いつも自分を責める。

 

 こうした矛盾に直面した私たちは,別の理論を作ろうとした。大きなヒントになったのは,暴力的な有名人の,高慢な自尊心(self-regard)である。イラクのフセイン大統領は,謙虚で慎重で自信を喪失した人間だろうか。ヒトラーはドイツ人を「支配者民族(masterrace=Herrenvolk)」と自称したが,このスローガンは自己評価の低さを示しているだろうか。彼らの例は,自己評価の低さでは決してなく,高すぎる自己評価こそが,攻撃性の大きな誘因であることを示している。

 

 高すぎる自己評価が暴力をもたらすという仮説を,私たちは,「脅かされた自己中心主義(egotism=エゴティズム)」と呼ぶことにした。もちろん,自分は優れていると思う人のすべてが,暴力をふるいやすいわけではない。自己評価が高すぎれば,外からの批判にさらされやすくなる。人は自分自身をよく思っていたいから,自己評価を下方修正するのは嫌なものだ。誰かに修正しろと迫られたとき(つまり自己評価を脅かされたとき),か弱く不安定ながらも肥大した高い自己評価を持った人は,下方修正するのではなく,相手に殴りかかる。

 

 

再録:別冊日経サイエンス223「孤独と共感 脳科学で知る心の世界」

著者

Roy F. Baumeister

 幅広い哲学的疑問に社会科学の実証的手法を使って取り組んでいる。最近の著作では,邪悪という問題に科学的解決法を求めている。これまでにも,アイデンティティ,愛とセックス,人が人生に見出す意味などについて調べている。1978年にプリンストン大学から社会心理学でPh.D.を取得。カリフォルニア大学バークレー校でポスドク研究員として社会学の研究をした後,ケース・ウェスタン・リザーブ大学に着任。教養科学でE.B. Smith教授職についている。

原題名

Violent Pride(SCIENTIFIC AMERICAN April 2001)