日経サイエンス  2001年5月号

Y染色体の不思議な進化を探る

K. ジェガリアン(米国立衛生研究所) B. T. ラーン(シカゴ大学)

  ヒトの細胞には46本の染色体が存在する。そのうち,ペア・ウォッチのようにそっくりな2本の染色体同士が対となった22組(合計で44本)は「常染色体」と呼ばれている。残りの2本(X染色体とY染色体)のペアは,その組み合わせによってヒトの性別が決まるので「性染色体」と呼ばれている(XXなら女性に,XYなら男性になる)。ペアを構成する2本の染色体は,片方は母親から,もう片方は父親から受け継いだものだ。常染色体の場合,通常は,対となる2本の染色体はサイズも同じなら持っている遺伝子の数も種類もまったく同じである(遺伝子は,生命現象のほとんどの部分で大きな役割を果たしているタンパク質の設計図)。

 

 これとは対照的に,性染色体は奇妙なペアとなっていて,Y染色体はX染色体よりずっと小さい。さらに,この2本の間には,単なるサイズの違いだけではなくもっと本質的な違いも存在する。例えば,X染色体には2000~3000もの遺伝子が含まれているが,Y染色体にはせいぜいで数十個の遺伝子しかない。また,Y染色体上の遺伝子の中には,X染色体上に対応する遺伝子が存在しないものがある。さらに,染色体を構成するゲノムDNAには,タンパク質やRNAの設計図となるといった生理的な機能を持っていない「ジャンクDNA(がらくたDNA)」が含まれているが,Y染色体ではジャンクDNAの占める割合が異常に高いことも知られている(訳注:正確に言うと,ジャンクDNAは,まだ機能がはっきりとわかっていない部位のことで,未知の大切な機能をもっているかもしれない)。

 

 つい最近まで,Y染色体がこのように他の染色体と大きく違っている理由を説明するのは難しく,多くの生物学者が唱えたさまざまな説を検証することは不可能に近かった。しかし,ヒトの24種類の染色体(22本の常染色体とX,Y染色体)に含まれるDNAの全塩基配列を決定しようというヒトゲノム計画とそれに関連した研究のおかげで,この状況は一変した。古生物学者が現存の動物と化石動物の骨格を比べることで種の進化の軌跡をたどるように,分子生物学者もDNAの塩基配列を比較することによって染色体や遺伝子の進化の軌跡をたどれるようになった。

著者

Karin Jegalian / Bruce T. Lahn

2人ともマサチューセッツ州ケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学とホワイトヘッド医学生物学研究所の研究職を兼任する遺伝学者ページ(DavidC. Page)の研究室に大学院生として在籍し,博士号を取得した。ページの研究グループはヒトゲノム計画でY染色体を担当していた。ジェガリアンは,米国立衛生研究所(NIH)でサイエンス・ライターとして働いている。中国生まれのラーンは,シカゴ大学人類遺伝学教室の助教授でハワード・ヒューズ医学研究所にも籍がある。

原題名

Why the Y Is So Weierd(SCIENTIFIC AMERICAN February 2001)

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