日経サイエンス  2001年5月号

特集:しのび寄る水資源危機

世界規模で崩れる需給バランス

P. H. グレイク(米パシフィック・インスティチュート)

 文明の歴史は,人類が水資源とのつきあい方を学んできた歴史と密接にかかわっている。歴史上,最古の農耕社会が誕生したのは,農作物の栽培に十分な雨が降り,四季を通じて水を豊かにたたえる河川の近くだった。こうした場所に簡素な潅漑(かんがい)用水路を掘れば,乾燥した季節にも農作物を育てられ,年間の生産量を容易に増やせた。およそ5000年前,インダス川流域に誕生した都市は生活用水を供給する水道管と排水溝を備えていた。

 

 18世紀末の産業革命や19~20世紀の人口爆発に伴って,水の需要は劇的に増大した。洪水を防いだり,安心して飲める水資源を保全するため,歴史に残る土木構造物が前例のない規模で多数建設された。また,潅漑用の水路網や水力発電も多数建設され,数億人もの人々に大きな利益をもたらした。かつては水が原因でコレラやチフスなどの病気(水系感染症)が世界各地で発生したが,下水道技術が進んだおかげで,先進国の多くの国で撲滅に成功した。

 

 しかし,水がもたらした恩恵の陰には負の側面もある。国連が2000年11月,水資源の確保についてまとめた報告書によると,安全な飲み水が不足している人は世界で10億人以上に達し,およそ25億人は適切な衛生サービスを受けていない。また,予防できるはずの水系感染症が原因で,推定で毎日1万~2万人の子供たちが死んでいる。

 

 従来の対策では限界があることを示唆する事実も浮かび上がっている。中南米やアフリカ,アジアでは1990年代半ばにコレラの大規模感染が起きた。バングラデシュやインドでは数百万の人々がヒ素で汚染された水を飲んでいる。さらに,発展途上国では人口爆発が続いており,限られた水資源をめぐって軋轢(あつれき)が深まっている。

 

 従来型の利水行政は人の健康以外にも悪影響を及ぼしている。これまでのダム建設の結果,数千万人の人々が移住を余儀なくされたが,計画を事前に知らされていなかったり,補償を受けられなかったケースも多い。ダム建設や河川からの取水は,河川の自然な流れが生み出している生態系の破壊につながり,淡水魚種の20%以上が生存を脅かされ,絶滅の危機に瀕(ひん)している。

 

 また潅漑を続けたことで土壌が劣化し,農業生産が減少したケースもある。潅漑や多収量品種の普及がもたらした「緑の革命」は,目的を十分に果たせないまま終わってしまうのかもしれない。インド,中国,米国などの一部地域では,地下帯水層からの水の汲み上げが地下水脈をかん養するペースを上回り,地下水の枯渇が心配されている。共用水源の水利権をめぐる紛争も激しくなり,暴動を誘発したり,地域や国家間,さらに国際的な緊張の原因にもなってきた。

著者

Peter H. Gleick

 米カリフォルニア州オークランドの非営利組織(NPO),「開発・環境・安全保障研究に関するパシフィック・インスティチュート」の代表。この組織は1987年に設立され,グレイクは共同設立者の1人でもある。淡水問題の世界的権威で,水の持続可能な利用や,気候変動が水資源に及ぼす影響,水資源をめぐる紛争についても詳しい。

原題名

Making Every Drop Count(SCIENTIFIC AMERICAN February 2001)