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日経サイエンス 2000年7月号
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記憶力増強マウスの誕生
■銭卓
科学者になろうと決めた時には,まさか自分の研究成果がテレビの娯楽番組で話題になるとは夢にも思わなかった。私たちは昨年9月にマウスの遺伝子を操作して,学習記憶能力を高めるのに成功した。この成果の発表後,テレビをつけたら私のマウスが「デビット・レターマンのレイト・ショー」で悪名高いトップテンのリストに入ったことを知った。
その娯楽番組では天才マウスが書いた「10大ニュース」をコメディアンが読み上げていた(私の趣味としては,「我らがパールハーバー──膠のネズミ捕りが発明された日」とか,「間抜けなネズミ捕り──おとりのチーズが取れます」などが好きだ)
私のマウス研究は,一夜にして有名になった。たくさんの手紙をもらい,“賢いマウス”がのろまな人間を出し抜いたり低級なネズミ捕りを見破る小話もいっぱい送られてきた。“知性的なマウス”を,皆がユーモラスと思っているようだった。
私や仲間は,ネズミ捕りメーカーとの知恵比べを仕掛けようとしたわけではない。10年前から手がけていた,学習しているときに脳で何が起きているのか,記憶は何でできているのか,という研究テーマの一環だ。
テレビ番組の「ドギー・ハウザー博士」に出てくる天才少年にちなんでドギー (Doogie)と名付けた賢いマウスの系統をつくり出すことによって,私たちは50年にわたる学習と記憶の理論を実証し,記憶形成過程の中心となる特定の分子の役割を明らかにした。その分子は,将来アルツハイマー病のような脳疾患の治療薬や,健康な人の学習記憶能力を高める薬の有力候補となるだろう。
学習したり,記憶したりするときに,どんな分子がどんな役割をしているかを理解するのは大変重要だ。学び,記憶するということが私たちの自己を形作るからだ。個人のその人らしさを決めているのは,顔や体つきなどの身体的特徴ではなく,記憶だ。アルツハイマー病患者を知っている人ならば,記憶こそが個人を決めていると納得できるだろう。その上,学習と記憶は,個人の域を超え,私たちの文化や文明を世代を超えて伝えてくれる。学習と記憶は,行動や文化的,社会的進化をもたらす原動力となっている。(本文より)
著者 銭卓(Joe Z. Tsien)
1997年よりプリンストン大学分子生物学科の助教授。上海にある東中国正規大学卒業後,上海の東中国科学技術大学で2年間,講師を務め,1986年に渡米した。1990年にミネソタ大学で,生化学・分子生物学で博士号を取得した。老化に伴う記憶障害の治療法を開発しているいくつかのバイオ企業の顧問をしている。7歳の息子のクラスでドギーマウスをお披露目したところ,喝采を浴びた。
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