日経サイエンス  2000年4月号

突然眠りに襲われるナルコレプシー

J. M. シーゲル(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)

 ある日のこと,10代のある女性が友達とテレビを見ていて大笑いしそうになったら,急に床に倒れてしまった。彼女には,友達があわてふためいているのがわかったし,両親が「すぐに良くなるから大丈夫だ」と友達に言っているのが聞こえているが,動くことができなかった。友達はさよならと言って次々と帰り始める。しかし,その女の子は答えることもできずに,イライラしながらも困惑していた。

 

 倒れている時には,意識ははっきりしており,気分も変わりなく,周りの人々が話していることがはっきり聞こえる。周囲に起こっているすべてのことを鮮明に憶えている。しかし,しゃべることも動くこともできないのだ。これは「情動脱力発作(カタプレキシー)」と呼ばれている。

 

 情動脱力発作は意識を失うことなく骨格筋の緊張がなくなる現象で,ナルコレプシーと呼ばれる奇妙な神経疾患の特徴だ。ナルコレプシーの脱力発作は笑いにより誘発されたり,急に困惑したり,知らない人との社会的付き合いの場面や急激な怒り,性的交渉などが引き金となって起こることがある。

 

 ナルコレプシーの人に特徴的なもう1つの症状は慢性的な日中の眠気で,これは最も厄介なものだ。普通の人ならば48時間も眠らずにいて感じるようなひどい眠気を,ナルコレプシー患者では毎日のように感じている。このようにひどい眠気があるにもかかわらず夜にはあまりよく眠れない。昼間,少し眠ると眠気が去って少しは気分が良くなるがすぐまた眠気が襲ってくる。そのため患者は,運転中などの危険な時や大事な会議中などの不適切な時にも寝込んでしまう。治療を受けないと,眠気のため交通事故を起こす危険が高く,また学業や仕事などで十分な能力を発揮できない。

 

 この病気にはいくつもの驚くような症状がある。その1つが情動脱力発作やひどい眠気の他にも睡眠麻痺といわゆる入眠時幻覚といわれる症状だ。睡眠麻痺では寝入り際や朝目覚めようとする時に身体を動かすことができない。健康な人でもたまにはこうした経験はあるだろうが,ナルコレプシーの患者には毎日あるのだ。

 

 入眠時幻覚は,まだ覚醒している時にあたりは何も変わっていないのに突然に夢のような場面が出てくる。幻覚はいちばん眠い時に襲ってくる。このような症状はナルコレプシー患者すべてに同じように起こるわけではない。

 

 ナルコレプシーの患者数はかなり多いことにも驚かされる。米国1000人から2000人に1人の割合で見られる。日本では600人に1人,イスラエルでは50万人に1人と国によっても異なっている。このような国による発生率の差は,民族による遺伝的要因だけでなく,おそらく環境要因がかかわっているだろう。

著者

Jerome M. Siegel

カリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターの精神科教授で,脳研究所のメンバー。またセプルベダ退役軍人医療センターの神経生物学研究部の部長。米国アメリカ睡眠学会の前会長と睡眠準専門学会の主任を務めていた。レム睡眠の進化とその機能,断眠と睡眠時無呼吸も研究している。関連した記事が載った著者のホームページはhttp://www.bol.ucla.edu/~jsiegel/

原題名

Narcolepsy(SCIENTIFIC AMERICAN January 2000)