日経サイエンス  2000年4月号

特集:リニアモーターカーの行方

最終コーナーに入った日本の開発

澤田一夫(鉄道総合技術研究所)

 富士山のふもとにあるリニアモーターカーの山梨実験線。新幹線をさらにスマートにしたような白と青のツートンカラーの3両編成の列車は,音もなく滑るように発車した。実験線といってもレールはないし,架線も張られていない。一見,コンクリート張りの用水路のようだが,側壁にはコイルが組み込まれていて,大電流が流れ込むと強力な磁場が発生する。これと列車側の超電導磁石(超電導現象を利用した電磁石)の磁場が作用して推進力が生まれる。

 

 列車は最初,滑走路を走る航空機のようにゴムタイヤの車輪で走行しているが,時速100kmを超えると車輪を格納して“離陸”する。総重量約80トンの列車は磁力によって宙に浮き,加速を続ける。車体は磁力で左右から支持されているのでカーブも超高速で通過,速度計の表示は時速200kmを超えて時速300kmに,さらに時速400kmへと上がっていった。

 

 そのころ実験線のもう一方の端でも,別の3両編成の列車が発車,速度を急速に上げながらこちらに向かっていた。山梨リニア実験線は,全長約18km。複線で大部分がトンネル区間だが,中間地点からやや東よりの1.5kmが高架になっていて,高速道路や私鉄の線路,川をまたいでいる。

 

 実験線の両端から発車した上り下りの両列車は,ほぼ同時に逆方向からトンネルを飛び出し,超高速で高架区間に進入した。列車の先頭部に取り付けたテレビカメラは,ものすごい勢いで対向列車が接近してくる様子を写し出していた。

 

 次の瞬間,向かってきた列車は黒い影となって,すぐ脇を風のように通り抜け,カメラの視界から消えた。すれ違った時の相対速度は実に時速1003km(秒速約280m)。鉄道としては,まったく未知の世界に私たちは足を踏み入れていた。旧国鉄が東京・大阪を約1時間で結ぶ最高時速500kmのリニアモーターカーの研究開発を始めて30年。今,実用化に向けた技術上のメドは,ほぼついたと考えられている。

著者

澤田一夫(さわだ・かずお)

鉄道総合技術研究所浮上式鉄道開発本部技師長。東京大学工学部電子工学科を卒業後,国鉄(当時)に入社。一貫してリニアモーターカーの研究開発に取り組む。1987年の国鉄民営化後は,財団法人鉄道総合技術研究所(旧国鉄の鉄道技術研究所)で,引き続き宮崎実験線と山梨実験線でのリニアモーターカーの開発に携わる。