優秀賞「KGT賞」
「半導体デバイスのイオン打ち込み分子シミュレーション」
| 北上純一(きたかみ・じゅんいち) |
日立超LSIエンジニアリング(株) |
| 伊藤智(いとう・さとし) |
(株)日立製作所 中央研究所 |
| 井原茂男(いはら・しげお) |
(株)日立製作所 中央研究所 |
図1 単原子イオン衝突の様子(粒子表示)(a)と切断面での局所温度の分布(b)
図2 クラスタイオン衝突の様子(粒子表示)(a)と切断面での局所温度の分布(b)
図3 衝突後1.4psの欠陥の分布:単原子イオンの場合(a)とクラスタイオンの場合(b)
微細化が進む半導体デバイスでは,イオンを半導体基板に打ち込み,不純物を持つ領域と持たない領域を作製する加工プロセスが重要である。このイオン打ち込みにより生ずる基板内部での欠陥生成を抑さえる条件の探索,および熱の発生過程を調べる方法として,原子レベルでのシミュレーション,およびその可視化が重要になってきている。
今回用いた分子動力学シミュレーションでは,系を構成している全ての原子に作用する力を計算し,全ての原子の連立の運動方程式(ニュートンの運動方程式)を数値的に解く。その結果全ての原子についての位置と速度を求めることができる。原子間に働く力を表現するために,よく使われている経験的なポテンシャルモデルを採用した。2つの原子間の距離だけに依存する2体力だけでなく,隣り合った3つの原子の間の角度依存性を持つ3体力もとり入れた。計算箱のなかには,ダイヤモンド格子の固体を形成している108000個のシリコン原子が入っている。十万個以上の原子を扱うために,計算量の大部分を占める力の計算で,近接原子の相互作用を効率的に計算できるアルゴリズムを採用した。
単原子イオンのイオン打ち込み
通常使用されるエネルギで単原子イオンを表面に垂直に入射した。このエネルギはシリコン固体がばらばらになるための値に較べてはるかに大きい。入射したイオンは基板の原子と衝突し,原子が次々と衝突を起こすカスケード散乱によって,基板の 表面よりも内部に欠陥を生成させる。実験では観測できない領域を可視化するために,結晶固体を仮想的に切断した切り口で物理現象を表示した。図1に衝突の様子と,粒子速度から求めた局所的な温度分布を示す。温度の高い青の部分がカスケード散乱をしている部分で,時間とともに温度の低い赤に,さらには黄色の室温へと変化し,次第に再結晶化していく。図3(a)に衝突後t=1.4ps(10-12秒)での欠陥のある領域を示す。
原子クラスタイオンのイオン打ち込み
今度は,20個の原子からなる原子クラスタイオンを単原子と同じエネルギで表面に垂直に入射した。その結果,カスケード散乱の他に,基板全体が大きくへこんで,またもとに戻るといったゆっくりとしたマクロな振る舞いが見られた。原子同士の衝突が表面の浅い部分で起こるので,図3(b)に示すように欠陥の生成は表面付近でのみ極めて大きい。さらに図2(b)の局所的な温度分布の可視化から,単原子イオンのイオン打ち込みでは見られなかった,原子数個分の厚みをもったショックウェーブが形成され,基板内部へ伝播されることが分かる。ショックウェーブによって,クラスタの衝突エネルギは失われ,深いところでの欠陥形成の原因となるカスケード散乱は抑制される。また,ショックウェーブの通った後に欠陥は形成されなかった。以上のことから,ショックウエーブの誘起により,基板の深い所には欠陥が生成されにくくなることが予想できる。
結晶を切断したときの切断面での現象を可視化することにより,実験では観測困難な結晶内部での現象をより深く理解できるようになった。従来の分子シミュレーションでは原子の数が少ないため,結果を粒子で表すことが多かった。原子数が多い我々の場合,連続体で表示することによって3次元の興味ある現象をドラマティックにとりだすことができ,ショックウエーブの伝播の様子など可視化ならではの知見が得られた。
◆審査講評◆
競争の激しい,高密度の半導体デバイス設計に重要な指針を得るため,実験では観察不可能なミクロの現象を,大規模な分子動力学シミュレーションによって可視化に成功している点が高く評価できる。作者の意図通り,連続体表現を用いた視覚に訴える形式への変換が,視る者に強い印象を与えている。
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