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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
爆発物から治療ガスへ
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6. EDRFと一酸化窒素がつながる
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■EDRFと一酸化窒素がつながる
 内皮細胞由来弛緩因子(EDRF)の発見によってこの分野の研究に火がつき,世界のさまざまな研究グループがEDRFの正体を特定する研究に寄与した。しかし,精力的な研究が行われたにもかかわらず,EDRFと一酸化窒素が同一の物質だとわかるまでに6年もかかった。1980年から1986年までの間に,この2つの物質の類似性を指摘する報告は徐々に積み重なっていった。いまにしてみればこのデータ蓄積は必然的に見えるが,当時は様相が混とんとしていた。一酸化窒素は非常に反応性の強いフリーラジカル(遊離基)だ。これは,分子の最も外側の“殻”に対をなしていない電子が存在することによる。この強い反応性のせいで,EDRFに焦点を当てて調べようと他の分子経路を遮ると図らずも一酸化窒素のレベルが乱れてしまい,これら別の経路によってEDRFが作られているとの誤った結論が導かれることもあった。しかも,一酸化窒素が情報伝達物質の候補であるとはそもそも考えにくかった。例えば一酸化窒素が酸素と反応すると腐食性の二酸化窒素(NO2)ができ,すぐに硝酸に変わってしまう(一酸化窒素と二酸化窒素は,麻酔に使う「笑気ガス」の亜酸化窒素(N2O)とは別物だ)。それまでに知られていた生体情報伝達物質にはフリーラジカルは1つもなく,ましてや毒ガスとなるようなフリーラジカルが情報伝達物質になるとは考えにくかった。
 
 しかし,そうこうするうちにも両者には一致点が増えていった。まず,EDRFも一酸化窒素も血管の拡張を引き起こし,いずれもグアニル酸シクラーゼ(GC)を活性化することによって血管を拡張させること。これらの事実に基づいて,ムラドは1986年にEDRFが「内因性の硝酸塩」であると考えうると提唱した。EDRFと一酸化窒素が同じ物質であることを決定づけた実験は,カリフォルニア大学ロサンゼルス校とチュレーン大学にいたイグナロとニューヨーク州立大学のファーチゴット,英国のベカナムにあるウェルカム研究所のモンカダ(Salvador Moncada)がそれぞれ独自に行った。これら3人の研究者は,一酸化窒素とEDRFがいずれも数秒で分解し,同じ条件で安定し,一連の同じ化学処理で活性がなくなることを見いだした。さらにイグナロは一酸化窒素とEDRFが複雑な化学物質に対して同じ反応を示すことも発見した。これは一酸化窒素とEDRFが同一でなければまず起きない現象だ。こうして,EDRFは一酸化窒素であると化学的に同定された。
 
image イグナロとファーチゴットは1986年7月にミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックで開かれた学会で,疑い深い聴衆に彼らの実験結果を報告した。イグナロは聴衆の「だれ一人」としてこれを信じていないと感じたが,1987年と1988年にその実験データが公表されると風向きが変わった。モンカダは1987年に発表した重要な論文によって,この議論に決着をつけた。彼は後に広く引用されるようになったこの論文の中で,一酸化窒素が内皮細胞で作られていることを明確に示した。まず彼は培養した内皮細胞に既知の弛緩剤(ブラジキニン)を作用させ,これによって作られた一酸化窒素の量を測定した。次にこれと同量の一酸化窒素を血管に加え,血管が十分に弛緩することを示した。こうしてEDRFの働きが一酸化窒素の働きとして説明された。モンカダの論文に添えられた注釈には,これらの発見によって「血管の生理学と薬理学における最もエキサイティングな冒険物語が最高潮に達した」と書かれている。
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