小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
7. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
新たな展望
 ヒッチングスは代謝拮抗薬をさまざまな病気の治療に使えると考えていた。白血病は最初に試した病気にすぎない。その後,代謝拮抗薬には思いがけない利用法が開けたが,その1つへの道を切り開いたのがタフツ大学のシュワルツ(Robert Schwartz)だ。代謝拮抗薬が血液中の特定の免疫細胞を特に強く攻撃することにヒントを得て,シュワルツはウサギに6-MPを投与すると,ある種の外来タンパク質に対する免疫反応が起きなくなることを発見した。ロンドンにあるロイヤルフリー病院のカーン(Roy Calne)はシュワルツの発見を知り,6-MPの免疫抑制作用を実用化した。腎臓移植をしたイヌにこの薬を与えると,免疫系の拒絶反応が軽くなり,移植した腎臓が体内で働き続ける時間が長くなった。これに続いてカーンはエリオンが合成したイムラン(商品名)という6-MPのプロドラッグ(投与後に生体内で代謝されてはじめて効き始める薬物。この場合は体内で6-MPに変化する)を試験して,6-MPよりも効果が優れていることを確かめた。イムランは現在もヒトの腎臓移植で使われている。

 次に代謝拮抗薬が使われたのは痛風の治療だ。痛風は体内に尿酸という化学物質が蓄積して起きる。尿酸の結晶が患者の関節にたまり,痛みを伴う関節炎を引き起こす。通風治療薬のアロプリノールは最初は白血病の臨床試験に使われたものだ。エリオンとヒッチングスは,ノースカロライナ州のデューク医療センターのランドル(Wane Rundle)や血液学者と協力し,体内で6-MPを分解する酵素をアロプリノールによって阻害して,6-MPの効き目を高めようと考えた。この試みは部分的に成功はしたが,6-MPとアロプリノールを組み合わせると,効き目だけでなく毒性も強くなった。アロプリノールは尿酸を生成する酵素に作用するとわかっていたので,エリオンらは治験患者の尿中にどれぐらい尿酸が排泄されているかを測定してみた。その結果,薬は確かに機能していることがわかった。アロプリノールは尿酸の生成を抑制していたのだ。その後の臨床試験で,アロプリノールが尿酸の蓄積量を減らし,痛風の症状を軽減することが証明された。医学における大きな勝利の1つだ。

 1968年,エリオンとバローズ・ウェルカム社の研究チームは,代謝拮抗薬をウイルスの抑制に使える可能性はないかと考え,調べることにした。彼らが試した化学物質のうち最後のものはグアニンの一種で,アシクロビルという。DNA中のグアニンには糖環が結合しているが,アシクロビルはこの糖環が開環して短縮した構造をしている。アシクロビルは今では陰部疱疹や口唇ヘルペス,帯状ヘルペス,水痘などさまざまなヘルペスウイルス感染症の治療薬として活躍している。アシクロビルには際立った効果がある。アシクロビルはウイルスが持っている酵素によって変化し,これがウイルスのDNA形成を阻害する。このため,他の代謝拮抗薬と比べて人に対する毒性がはるかに低い。

 1988年,スウェーデン王立科学アカデミーはエリオンとヒッチングスにノーベル生理学・医学賞を授与した。「基本的な生化学的,生理学的プロセスの理解に基づいた合理的な方法」を医薬品の開発に導入したのが授賞理由だ。この方法は現在では広く利用されている。酵素の構造は正確にわかるようになり,酵素という鍵穴をふさいで機能を奪う鍵(化学物質)が,コンピューターの力を借りて設計されている。治療効果が高く副作用の少ない薬を見つけるためには,アシクロビルの標的のように,特定の病気の原因となるウイルスや細胞が特別に必要とする酵素を突き止めなければならない。代謝拮抗薬が小児白血病の治療に使えるようになったのは,細胞の化学的な仕組みを解明する基礎研究がもとになった。それと同様の基礎研究が現在も急速に進んでおり,そこから毎年,代謝拮抗薬の標的になりそうなものが数多く見つかっている。

 次に成功する医薬品の標的が何かは誰にもわからないし,どの病気の治療法が発見されるかも予想できない。しかし,新しい治療法がなんであれ,それを開発した功績は最後の仕上げをした人だけのものではない。関連する基礎研究をした世界中のさまざまな生化学者や化学者のものでもある。細胞のさまざまな活動のうち1つか2つを解明するために,一生を費やした研究者もいるだろう。こうした多くの発見を土台として,私たちの暮らしにたくさんの実りがもたらされる。そして,死に至る病から生還した人々と多くの科学者が喜びをともにすることもできるのだ。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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