小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
初期の化学療法
 20世紀になるまで,病気の治療はいくぶん偶然に負うところがあった。昔の医師はさまざまな効用の膏薬や香油をさかんに勧めたが,有効成分はほとんどわかっておらず,どうして効くのかは謎のままだった。

 近代的な医薬品による治療を創始したのはエールリヒ(Paul Ehrlich)だ。19世紀後半,エールリヒは特定の病気を治療できるような特定の化学物質の探索を始めた。彼の薬物療法(化学療法)は人間には毒性が強すぎ,スルフォンアミド剤の方がはるかに有効だったが,これに続いて登場した抗生物質によって致死的な病気の治療に成功したことから,医師の間に化学療法が定着した。ただし,これらの医薬品はすべて感染症用だった。ガンは人間の体そのものに由来する病気なので,感染症とはまったく異なる。1930年代に利用できたガン治療法は手術と放射線療法だけだった。

 最初のガン治療薬は戦争から生まれた。マスタードガスは第1次世界大戦で初めて武器として使われた毒ガスだが,1942年にギルマン(Alfred Gilman)とフィリップス(Fred Phillips)がまずリンパ腫のマウスに,次いで人間の患者に投与した。いくぶんかの改善がみられたため,マスタードガスと化学的に似た薬が開発され,さまざまなガン治療に使われた。

 もっとも,白血病に対してはマスタードガスや放射線療法はほとんど使われなかったし,この病気は血液と骨髄の疾患なので手術もできなかった。白血病は1845年にフィルヒョー(Rudolf Virchow)が初めて報告した。彼は医学や人類学,公衆衛生,政治にわたって幅広く活躍した人物として知られる。フィルヒョーは白血病患者の血液を観察し,白血球が大量に増殖している一方,酸素を運ぶ赤血球と血液凝固に必要な血小板がその犠牲となって損なわれていることを発見した。白血病患者は白血球が骨髄中で猛烈に増殖するため骨に強い痛みを感じる場合が多いが,直接の死因となるのは出血(止血不能)や感染症だ。

 白血病のうち最も深刻なのは急性リンパ性白血病で,ほぼ小児だけが発病する。そのままでは,ほとんどが診断後3カ月以上は生きられない。急速に悪化するため,小児白血病は治療の見込みがなく,取り組んでも無駄だと考えられていた。しかし幸いなことに,非常に重い病気だからこそ,大胆で新しい治療法を試してみようと考える医師もいた。白血病の小児には他に望みもないので,いちかばちかだったのだ。これが研究者に化学療法がガンに有効かどうかを検討するチャンスを与えたといえる。研究の出発点となったのは,DNAの構成要素を妨害することだった。
   
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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