小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
生産ラインを遮断する
 スルフォンアミド剤は有効だったが,どう作用するかは不明だった。1940年にロンドンにあるブランド・サットン病理研究所のウッズ(D. D. Woods)とフィルズ(Paul Fildes)が,スルフォンアミド剤は細胞の成長に必要な必須代謝物という化学物質を阻害し,細胞を餓死させると報告した。彼らは,単純な有機物質から複雑な生体分子(タンパク質やDNAなど)ができる過程で生じるすべての中間生成物を「必須代謝物」と定義した。

 細胞が特定の化学物質を必要とするという考えは,栄養学の研究と一致した。例えばビタミン類は動物が生きるために(少量ではあっても)不可欠な化学物質だ。ビタミンの研究は,いくつかの病気の治療を目的に試行錯誤で行われた食事療法がもとになっている。壊血病にはライム,くる病にはタラ肝油,脚気には米ぬか,悪性貧血にはレバーなどの食物が有効だとわかっていた。1930年代と1940年代に,さまざまな研究者がこうした治療法の有効成分であるビタミンを分離した。

 その間,他の研究者は小さな単細胞生物である細菌が成長するために何が必要かを解明する研究を進めていた。これは簡単ではなかった。多くの細菌は複雑な組み合わせの化学物質を必要としたからだ。しかし,辛抱強い研究の結果,細菌が必要とするものや能力には階層があることがわかった。細菌の中にある生産ラインにはタイヤにホイールキャップを取り付けるような工程もあれば,そうして組み上がった車輪を必要とする工程もある。反応経路にはさまざまな段階があり,細菌の種類によって生産工程が始まる場所も違う。このため,初期の研究結果はばらつき,混乱した。しかし,これら反応経路の概念が明らかになると,うち1つの段階を妨害すれば細胞は直ちに行き詰まる半面,必要な化学物質を供給してやれば障害を乗り越えることがはっきりした。

 ウッズはスルフォンアミド剤が必須代謝物を模倣することによって,この経路を遮断すると考えた。スルフォンアミド剤に似た多数の化学物質を使って実験し,そのうちの1つであるパラ-アミノ安息香酸(PABA)を多量に用いればスルフォンアミド剤の妨害を回避できることを発見した。現在ではスルフォンアミド剤は特定の酵素に結合し,この酵素とPABAの結合を邪魔して,PABAが次の反応に必要となる化学物質に変わるのを防いでいることがわかっている。
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