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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
レーザーと眼科手術
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1. イントロダクション
2. はっきり見えます
3. 網膜――視覚の中枢
4. 一方,物理学の世界では…
5. 光のパワー
6. 分子に光を発生させる
7. まさにうってつけだったレーザー
8. アルゴンレーザーの登場
9. 目的に合ったレーザーを求めて
10. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■分子に光を発生させる
 マイアー=シュビッカラートが光凝固治療法を実験していたのとほぼ同じころ,コロンビア大学放射線研究所のタウンズ(Charles Townes)は第二次世界大戦中に始めたマイクロ波レーダーの研究を続けていた。タウンズは波長が非常に短いミリメートル帯のマイクロ波を使うことによってレーダーの画像を鮮明にしようと考えた。彼は分子を使って短波長のマイクロ波を生み出すアイデアを1951年に発案し,1953年末にゴードン(James Gordon)とザイガー(Herbert Zeiger)とともにそのような発振装置を開発した。彼らの装置はアンモニアのビームを電界に通し,低エネルギー状態の分子を偏向させる一方,高エネルギーの分子だけが別の電界に到達する仕組みだった。2つ目の電界では高エネルギー状態のアンモニア分子すべてがほぼ一斉に基底状態に落ち,同じ周波数で同じ方向に向かう光子を放出した。タウンズはこの装置を「誘導放出によるマイクロ波増幅」の英語の頭文字をとって「メーザー(maser)」と呼んだ。
 
 その後間もなく,もっと波長の短い赤外線や可視光でも誘導放出が起こりうることがわかった。これが「レーザー(laser)」で,この言葉の最初の文字「l」は光(light)を意味している。レーザーの理論をさらに精緻に発展させるため,タウンズはベル研究所にいた義弟の物理学者ショーロー(Arthur Schawlow)と共同研究した。1958年の後半にタウンズとショーローの論文「赤外および可視域のメーザー」が有力物理学誌のPhysical Review誌に出た。この論文がきっかけになって科学者がレーザーづくりに乗り出し,1960年,ヒューズ・エアクラフト社の研究所にいたメイマン(Theodore Maiman)が人工のルビーを使ってそれに成功した。
 
 レーザーは科学界に非常に大きな興奮を巻き起こし,多数の研究者がこの新現象を実用的な用途に応用する方法を探究し始めた。驚くべきことに,メイマンによるルビーレーザーの成功からわずか1年少し後に,この装置は人間の網膜の修復に利用されている。まるで,レーザーが出現するのを眼科医たちが待ち受けていたかのようだった。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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