きょうの日経サイエンス

2020年10月8日

2020年ノーベル化学賞:ゲノム編集技術を開発した欧米の2氏に

 今年のノーベル化学賞は,遺伝子を効率よく改変できるゲノム編集技術を開発した独マックスプランク感染生物学研究所のシャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)所長と,米カリフォルニア大学バークレー校のダウドナ(Jennifer A. Doudna)教授に授与される。

 DNAを狙った場所で切断し,配列を組み替えることは,生命科学研究の基本技術の1つだ。かつては制限酵素を使って切断していたが,どこが切れるかは運まかせだった。90年代にDNAの特定の配列に結合する人工制限酵素が登場し,ピンポイントで切断する道が開けたが,目的の配列に合わせて酵素タンパク質を作る必要があり,手間も時間もかかった。今回化学賞を授与される2氏が開発したのは,DNAの狙った場所を迅速かつ簡単に切ることができる,極めて鋭いDNAの「ハサミ」だ。実験動物から作物まで,遺伝子組み換えの効率を飛躍的に高め,生物学や医学,農学の研究に革命をもたらした。

 最初のきっかけは1987年,大阪大学の中田篤男・現名誉教授と,石野良純・現九州大学教授のグループが,大腸菌のゲノムに同じ配列が何度も繰り返し現れるのを見いだしたことだ。後にこの繰り返しが原核生物には一般的に存在することがわかり,CRISPRという名がつけられた。当初は何のためにCRISPRが存在するのか不明だったが,繰り返し配列の間に挟まれている配列が様々なウイルスの配列と一致したことから,細菌や古細菌がウイルスから身を守る免疫システムの一部ではないかと考えられるようになった。

 RNAの役割について長年研究していたダウドナは,CRISPRと,その近くにあるCasと呼ばれる遺伝子群に興味を持った。Casの一部の配列がDNAをほどいたり切断したりするタンパク質の配列によく似ていたためだ。Casが作るタンパク質群が,侵入してきたウイルスのDNAを切断するのかもしれない。ダウドナのチームは,様々なCasタンパク質の研究を進めた。

 一方,当時スウェーデンのウメオ大学にいたシャルパンティエは,しばしば「人食いバクテリア」と呼ばれる連鎖球菌属の細菌について研究していた。細菌の中に未知の小さなRNA断片が大量に存在することに着目し,それらのRNA断片が,CRISPRがつくるRNAを活性化させることを発見した。

 2011年,2人はプエルトリコで開かれた学会で出会って議論した。連鎖球菌のCRISPRが作るRNAが,侵入してきたウイルスのDNAを認識し,この細菌が持つCas9(Casの一種)がこれを切断しているのではないか? 2人は共同研究を開始した。そしてついに,シャルパンティエが見いだした小さなRNAが存在するとこの仕組みが働き,DNAが切断されることを確かめた。

 さらに2人は,小さなDNAとCRISPRの標的認識部位を1つに融合する方法を編み出した。そして,そのようにして作った1本の「ガイドRNA」を使って,実験を試みた。あるDNAに対して5つの場所を決め,それに結合するようにガイドRNAの標的認識部位を改変。これをCas9とともにこのDNAに加えたところ,まさにその5か所で切断された。

 2012年にこの実験を報告すると,複数の研究チームがこの技術を使ってマウスとヒトの細胞のゲノムを改変し,研究が爆発的に広がった。植物の育種や動物の品種改良,病気の発症メカニズムの解明,さらには遺伝子改変した細胞を用いたがんの免疫療法など,幅広い応用の研究が始まっている。一方でこの技術によって人間の受精卵のゲノムを改変して双子を誕生させたとの報告もあり,安全性と倫理面で問題があるとして国際的な非難が高まった。威力の大きな技術だけに,将来どのように活用していくかについての議論が始まっている。 (古田彩・出村政彬)

 

 

 


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