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盲人の視覚に迫る〜日経サイエンス2018年12月号より

動いているものだけが見える非凡な視覚

 

キャニング(Milena Canning)にはコーヒーカップから立ち昇る湯気が見えるが,カップは見えない。自分の娘のポニーテールが左右に揺れ動くのは見えるが,娘の姿は見えない。キャニングは盲目だが,動いている物体はどういうわけか視覚に届く。科学者たちは彼女の症状を調べることで,人間が一般に視覚をどのように処理しているかに関する秘密が明らかになる可能性があると考えている。

 

リドック症候群

キャニングは29歳のときに脳卒中で倒れ,視覚系が位置する後頭葉の全体が傷ついた。この結果として視力を失ったが,ある日,そばにあった金属質のギフトバッグがキラリと光るのが見えた。主治医からはそれは幻覚だといわれたが,それでも「見ることを可能にする何かが脳のなかで起こっているに違いないと思った」という。彼女は何人もの医師を渡り歩いた後,英スコットランドのグラスゴーで眼科医のダットン(Gordon Dutton)に出会った。ダットンは以前にこの謎に出くわした経験があった。第一次世界大戦で脳を損傷した兵士に関する神経学者リドック(George Riddoch)による1917年の論文だ。運動に基づくキャニングの視覚を強めるため,ダットンはロッキングチェアを彼女に処方した。

 

キャニングは「リドック症候群」と診断されているまれな例だ。動いているものは知覚できるが,その他の視覚刺激は見えない。加ウェスタンオンタリオ大学の神経科学者カラム(Jody Culham)らは彼女の非凡な視力を10年がかりで調べ,その結果を5月にNeuropsychologia誌オンライン版に発表した。カラムらはキャニングが動きとその方向を検知できることを確認した。彼女は自分に向かって近づいてくる手は見えたが,その親指が上向きか下向きかは区別できなかった。また,障害物を避けて通ったほか,自分に向かって投げられたボールに手を伸ばしてつかもうとし,キャッチすることもできた。(続く)

 

続きは現在発売中の2018年12月号誌面でどうぞ。

 

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