きょうの日経サイエンス

2018年10月4日

2018年ノーベル化学賞:試験管の中でタンパク質を「進化」,目的のものを作る分子進化工学のパイオニア3人に

ランダムな遺伝子変異と自然選択という生物進化のプロセスをタンパク質に応用し,より高機能なものに作り変えていく。2018年のノーベル化学賞は,そんな分子進化工学のパイオニア3人に贈られる。

 

受賞するのは,酵素を人工的に「進化」させることで天然を超える酵素を作り出した米カリフォルニア工科大学のアーノルド(Frances Arnold)氏,大量の遺伝子から目的に合ったものを効率よく選択する手法を開発したミズーリ大学のスミス(George Smith)氏,そしてこの手法を使って画期的な医薬品となった抗体を作った英MRC分子生物学研究所のウィンター(Gregory Winter)氏だ。

 

アーノルド氏はサブチリシンという酵素を「進化」させ,有機溶媒の中で機能する酵素を作った。まず酵素の遺伝子をあえてミスコピーの起こりやすい条件で大量に増幅し,ランダムに変異の入った約1000種類の酵素を作製した。この中から有機溶媒中での活性の高いものを選び出し,再びランダムに変異を入れて,同じプロセスを繰り返した。4回繰り返したところ,元の酵素の256倍も活性の高い酵素が得られた(下の図)。

 


1.酵素の遺伝子にランダムに変異を起こす 2.得られた遺伝子を大腸菌に組み込み,ランダムに変異した酵素を大量に作る 3.酵素の活性を調べ,最も高いものを選び取る 4.選んだ酵素にランダムに変異を入れ,もう一度繰り返す

 

 

試験管の中で進化のプロセスを模倣させることで,目的にあったタンパク質を作る手法を「指向性進化」と呼ぶ。基本のアイデアは1980年代に提唱されたが,1993年にアーノルド氏が初めて実際に人工酵素を作製した。これをきっかけに,指向性進化の方法を用いて高機能,新機能のタンパク質を開発する研究が広がった。

 

スミス氏は,アーノルド氏に先立つ1985年,大量の遺伝子の中から目的の機能を備えたタンパク質を作るものを効率よく選び出す「ファージディスプレイ」と呼ばれる手法を開発した。ファージというのは細菌に感染するウイルスで,DNAの特定領域に遺伝子を組み込むと,その遺伝子が作るペプチド(タンパク質の断片)を表面に作る性質がある。ある分子に結合するペプチドを探したい場合,ファージに様々な遺伝子を組み込んで,標的となる分子を付けたビーズの表面に振りかける。すると標的分子に結合するファージだけが捉えられ,濃縮される。得られたファージにはペプチドとその遺伝子が含まれているので,効率よく目的に合ったペプチドを探すことができる。動物細胞などにタンパク質を作らせて機能を調べる従来の手法に比べて,1万〜100万倍もの遺伝子を一度にスクリーニングすることができ,研究の効率が大幅に高まった。

 

ウィンター氏はファージディスプレイの手法を用い,指向性進化の手法で病気の原因となるタンパク質に対する抗体を作製した。抗体は病因タンパク質に結合し,その働きを抑える。実験では元になる抗体の遺伝子にランダムに変異を起こして数十億種類の抗体を作り,その遺伝子をファージに組み込んだ。この中から病因タンパク質と最も結合しやすいものを選び出し,再び遺伝子にランダムに変異を入れた。このプロセスを繰り返すと,抗体の結合力は次第に強くなる。ウィンター氏はこの手法で,リウマチなどの自己免疫疾患の原因となるTNFα(腫瘍壊死因子α)の働きを抑える抗体を開発。リウマチや炎症性腸疾患の治療薬アダミルマブ(商品名ヒュミラ)として実用化された。

 

3氏が開いた指向性進化の手法は,創薬や化学産業の有力なツールとなり,現在も広く利用されている。(古田彩)

 

 

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