きょうの日経サイエンス

2018年10月3日

2018年ノーベル物理学賞:レーザー光を用いた光ピンセットと,高強度・超短パルスレーザー生成手法を開発した3人に

ウイルス1個をつまめるピンセット。体内分子の動きを捉える超高速カメラ。2018年のノーベル物理学賞は,革新的な光技術をもたらしたレーザー物理学分野の3人に贈られる。

 

受賞するのは,光ピンセットを開発し生物システムに応用した米のアシュキン(Arthur Ashkin)氏と,高強度の超短パルスレーザーの生成方法を確立した仏エコール・ポリテクニクのムルー(Gérard Mourou)氏,カナダ・ウォータールー大学のストリックランド(Donna Strickland)氏だ。

 

アシュキン氏は米ベル研究所にいた1970年代初め,細く絞ったレーザービームを空中や水中の微小な球に照射し,動かす実験を始めた。球を動かすのは光の放射圧で,宇宙空間で帆を上げて走る宇宙ヨットの駆動力もこれだ。

 

最初は光で微小球を押した(右図の1)。レーザービームの強度は中心ほど高い。球の屈折率が周囲より大きいと,球が中心軸から逸れると押し戻そうとする勾配力が働く(2)。球を重力に逆らって持ち上げることもできる(3)。

 

1986年,レーザービームをレンズで集光すると,進行方向と逆向きの勾配力が球に生じ,焦点にトラップできることを見いだした(4)。球をつかんで好きなところにもって行ける。これが光ピンセットだ。翌年,光ピンセットを使って,ウイルスや生きた細胞を動かす実験に成功した。波長を選べば細胞などへのダメージも少なく,光ピンセットはバイオの研究者たちに注目された。

 

DNAやRNAなどの生体分子に球を付けて光ピンセットで操作し,その力を計測するなどの実験も相次いだ。中でも,微小管の上を動くモータータンパク質,キネシン1分子に働く力を計測したハーバード大学の実験は有名だ。現在,光ピンセットは様々なタイプの1分子計測に広く使われ,生体内の運動を分子レベルで解明するのに役立っている。

 

フェムト秒レーザーを身近に

 

速く動くものを見たいとき,私たちは高速で次々とシャッターを切り,撮った写真を並べてみる。同じように,レーザー光のパルスを次々と物体に当て,透過・反射してきた光を調べると,そこで何が起きているかを知ることができる。

 

パルスの持続時間は時代とともに短くなり,1980年代には数フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)の超短パルスが実現した。非常に速い動きを捉えられるが,パルスが短くなった分,光の強度が小さくなっては,測定には使えない。パルスは短く強度は高くする必要があり,そのための画期的な方法を発明したのが,当時,米ロチェスター大学にいた若手のストリックランド氏と,指導教員のムルー氏だ。

 

レーザー光を増幅するには,増幅器に入れて外から光を注入する。だが超短パルスのレーザー光を増幅しようとすると,エネルギーが高すぎ増幅器が壊れてしまう。ストリックランド氏らは,事前に回折格子を使って光の波を押し広げる方法を考えた。パルスの持続時間を1万倍にすれば,強度は時間当たりのエネルギーなので1万分の1になる。この長いパルスを増幅器に入れて増幅したうえで,回折格子を使って圧縮すれば,高強度・超短パルスのレーザー光が得られる仕組みだ(下の図)。

 

 

この方法は「チャープパルス増幅」と呼ばれている。光の波を連続的に変化させることから,鳥のさえずりを意味する「チャープ」の名がついた。

 

以前も高強度のフェムト秒レーザーはあったが,体育館ほどの大きさで,簡単に使えるものではなかった。チャープパルス増幅によってフェムト秒レーザーは実験台の上に載る大きさになり,実験室で普通に見かける装置になった。生体分子の構造変化など一瞬で起きる反応の観察のほか,ナノレベルの微細加工,近視の手術などにも使われている。(古田彩)

 

詳報は10月25日(木)発売の日経サイエンス12月号にて

Amazon富士山マガジンサービスにて予約開始中。

 

もっと知るには…

別冊日経サイエンス208「光技術 その軌跡と躍進」に収録

2002年8月号「卓上レーザーが放つ地上最強の光G.A. ムルー/ D. アムシュタッター

2000年11月号「レーザーの新たな革命『フェムト秒技術』」  J.-M. ホプキンス/ W. シベット
2017年5月号「亜光速でアルファ・ケンタウリへ」  A. フィンクベイナー