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脳のブレーキ〜日経サイエンス2018年6月号より

思考を抑制する脳内化学物質が特定された

 

誰でも時折は不快な思考にとらわれる。だがそうした「侵入思考」が重い精神疾患の徴候である場合もある。心的外傷後ストレス障害(PTSD)のフラッシュバックやうつ病の強迫的マイナス思考,統合失調症の幻覚などがその例で,「これらは最も消耗性の激しい症状だ」と英ケンブリッジ大学の神経科学者アンダーソン(Michael Anderson)はいう。

 

アンダーソンと現在は加マギル大学にいる神経科学者シュミッツ(Taylor Schmitz)が率いた最近の研究は,これらの症状がすべて,思考の遮断をつかさどっている脳機能の障害から生じている可能性を示唆している。思考を遮断する能力に関する研究は通常,脳の前頭前野に注目する。他の脳領域の活動を指令している制御中枢だ。しかしアンダーソンらは,侵入思考を特徴とする統合失調症などの患者で海馬(記憶に重要な脳領域)の活性が高まっている例が多いことに注目した。幻覚などの症状の程度も,この海馬の活性の高さとともにひどくなる。

 

海馬の抑制,GABAがカギ

アンダーソンらが行った新研究では,健康な被験者に2つの単語のペアをいくつか覚えてもらった。その後,ペアのうち片方の単語を被験者に示し,他方の単語を思い出すか,他方の単語を考えないようにしてもらった。被験者が思考を抑制した場合,前頭前野の一部の活性が高くなるとともに海馬の活性が下がることが脳スキャンで明らかになった。昨年11月のNature Communications誌に報告されたこの発見は,前頭前野からの“停止命令”が海馬の活性を抑えるという見方と整合している。

 

研究チームはさらに磁気共鳴分光法を用いて,被験者の海馬におけるGABA(γアミノ酪酸。脳のシグナルを抑制している主要化学物質)の量によって思考抑制の能力を予測できることを発見した。「GABAの量が多いほど,思考をうまく制御できる」とアンダーソンはいう。言い換えると,前頭前野が脳のブレーキペダルだとすると,海馬のGABA量は脳活動を止める効率を左右するブレーキパッドだ。

 

この研究は分子精神科学と人間行動の間の溝を埋め,思考遮断の過程がどのように不調を来して病気になるのかを解明する一助になる。「大きな前進だ」とルイビル大学の神経科学者デピュー(Brendan Depue)は評する。

 

「次に行うべきことは薬の研究だ」とアンダーソンはいう。「GABAの量を増やす薬によって患者の思考抑制能力を改善できるだろうか?」■

 

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