きょうの日経サイエンス

2017年10月5日

2017年ノーベル化学賞:液体中のタンパク質などの立体構造を原子レベルでとらえることを可能にした3氏に

2017年のノーベル化学賞は,タンパク質などの生体分子の立体構造を原子レベルでとらえるクライオ電子顕微鏡を開発した,英MRC分子生物学研究所のヘンダーソン(Richard Henderson)博士,スイス・ローザンヌ大学のデュボシェ(Jacques Dubochet)博士,米コロンビア大学のフランク(Joachim Frank)博士,の3氏に授与されることになりました。

右のような図を見たことはあるでしょうか? 色とりどりのリボンが絡み合っているみたいですが,これは今年の生理学・医学賞の授賞対象となった,生物のサーカディアンリズム(体内時計)をつかさどる複合タンパク質です(画像はすべてスウェーデン王立科学アカデミーの発表資料から)。

 

生体内では日々様々なタンパク質が作られ,生命活動を担っています。その詳細な構造がわかれば,どんな分子と結合するか,どんな動き方をするかなどを知る手がかりになります。体内で起きる様々な反応を理解したり,新しい医薬品を開発したりするのに,有力な情報が得られるのです。

 

タンパク質の構造を知るには,古くからX線を照射して解析する方法が用いられてきました。しかしそれにはタンパク質を何らかの方法で結晶化する必要があります。結晶を作れないタンパク質も少なくなく,対象は限られていました。

 

もっと色々なタンパク質の構造を見る方法はないだろうか。そう考えたヘンダーソン博士は1970年代に,金属材料などの観察に使われていた電子顕微鏡に着目しました。光ではなく電子を照射する顕微鏡です。電子の波長は光よりずっと短いので,原理的にはタンパク質内部の細かい構造もわかります。ただ,大きな問題がありました。タンパク質のように軽いものに高いエネルギーを持つ電子ビームを当てると,壊れてしまうのです。また測定中は真空にする必要があるので水分が蒸発し,形が変わってしまいます。


ヘンダーソン博士は,光合成を担うタンパク質,バクテリオロドプシンに狙いをつけました。細胞表面にある膜の中に埋め込まれているタンパク質を無理に取り出さず,グルコース溶液で保護しました。これを通常より弱い電子ビームを使って観察したところ,それまでない解像度の画像が得られました。その後も改良を重ね,1990年,ついに原子レベルの精度で撮影することに成功しました。それが左の図です。

 

 

 

 

 

 

成功の理由はもう1つありました。デュボシェ博士が開発した,生体分子を氷で守る方法です。氷なら,真空中でもすぐには蒸発しません。ただし普通に凍らせると水が結晶化してタンパク質を壊すうえ,結晶が電子ビームを邪魔してしまいます。デュボシェ博士は極低温の液体窒素を使って水を急冷し,結晶化する前に凍結させる方法を考案しました。こうするとタンパク質は壊れず,解像度も落ちません。

 

ヘンダーソン博士の方法は,観察の対象が規則的に並んでいる場合にしか使えませんでした。液体中の分子を観察することはできません。この問題を解決したのがフランク博士です。博士は,様々な方向から撮影された分子の画像をコンピューターで重ね合わせて高解像度の画像を作り,さらに3次元画像を計算するプログラムを開発しました。

 

今では,電子顕微鏡はバイオ研究の有力なツールになっています。クライオ電子顕微鏡を使って筋肉が効率よく収縮する仕組みを突き止めた理化学研究所の藤井高志研究員は「タンパク質の構造をそのまま原子レベルで見ることができるようになった。近年,解像度が大きく向上し、製薬企業や大学などで利用が広がっている」と話しています。  (古田彩)

 

 

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