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世界初,反水素原子を分光観測〜日経サイエンス2017年3月号より

反物質研究のエポックとなる成果だ

 


CERN/ALPHA COLLABORATION

 スイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究機構(CERN)で行われている国際共同のALPHA(アルファ)実験のグループは昨年12月19日,反水素原子の分光観測に世界で初めて成功したと発表した。実験には東京大学の石田明助教が参加しており,研究成果の詳細を東京大学で解説した。反物質研究のエポックとなる成果という。

 

物質を構成する粒子には,質量は同じだが電荷の符号が反転した反粒子が存在し,反粒子が集まってできたものを反物質という。例えば電子の相方となる反粒子は正電荷を持つ陽電子,核子(陽子と中性子)を構成するクォークの反粒子は反クォークだ(クォークは正電荷タイプと負電荷タイプがあり,反クォークはそれらの電荷の符号が反転する)。物質の基本単位である原子の中で最もシンプルなのは電子と陽子が結びついた水素原子で,その相方は陽電子と反陽子からなる反水素原子だ。

 

水素原子の研究の基本となるのは分光観測(光スペクトルの観測)。水素原子は基底状態では,電子はエネルギー準位が最も低い軌道(1S状態)にあるが,例えば2S状態や2P状態などエネルギー準位が高い軌道も多数存在する。そうした軌道間のエネルギー差に相当するエネルギーを持つ光子を電子が吸収すると,例えば1S状態から2P状態への遷移が起こる。また2Pから1Sに遷移する場合は,そのエネルギー差に相当するエネルギーを持つ光子を放出する。だから水素原子が吸収・放出する光の波長や振動数を精密に観測することで,電子の軌道を詳しく調べることができる。これが分光観測だ。逆に電子の軌道のエネルギーがよくわかっていれば,特定波長のレーザー光を照射することで電子の軌道遷移を起こすことができる。

 

今回,ALPHA実験グループは水素原子ではなく反水素原子に特定波長のレーザー光を照射して,1S状態の陽電子を2S状態に遷移させることに成功した。照射したレーザー光の波長は水素原子の分光観測で得た値を用いている。水素原子と反水素原子は電荷分布が反転している以外,うり2つだから,反水素原子でも1S・2S遷移が生じるのは当然と思われるかもしれないが,研究者が関心を持っているのはその分光観測の精度だ。

 

水素原子の1S・2S間のエネルギー差については超高精度の分光観測が行われ,光子の振動数に換算して200兆分の1(4.5×10-15)の精度で求まっている。一方,今回の実験で得られた反水素原子の1S・2S遷移の分光精度は50億分の1(2×10-10)。今後,反水素原子の分光観測の精度を,水素原子のレベルまで引き上げていく過程で,水素原子の1S・2S間の振動数とのズレが見えてくる可能性がある。もし非常に微小であってもズレが確認されれば,現在の物理学の基本的な枠組みである「標準モデル」から導かれる「CPT対称性」が破れていることを意味する。(続く)

 

続きは現在発売中の2017年3月号誌面でどうぞ。

 

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