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分子が姿を変える瞬間〜日経サイエンス2016年5月号より

化学反応中の「遷移状態」を見る窓が開かれた

 

山道をたどって谷から谷へとハイキングし,やがて旅程のなかで最高地点に達したところで歩を休め,景色をちょっと楽しんですぐに下る。この最高地点の瞬間は,ある化学の謎のたとえとして好適だ。反応中の分子が新しい化学種へまさに変わろうとしているつかの間の「遷移状態」が,山歩きの最高地点に相当する。

 

遷移状態はあまりに不安定で一時的なので観察できないと考えられてきた。だがマサチューセッツ工科大学(MIT)の化学者たちはこのほど,遷移状態のエネルギーを測定することに成功した。山道の標高によってハイカーが頂上に着くまでの時間が制約されるのと同様,遷移状態のエネルギー特性は反応中の物質が新たな立体配座(コンフォメーション)を取るまでの時間を決めている。

 

この重要な測定を行うため,当時MITの大学院生だったバラバン(Joshua Baraban)らはレーザーでアセチレンを励起した。この単純な反応で,アセチレン分子は直線的な立体配座からジグザグの立体配座へとねじれる。アセチレン分子はより強い光を吸収すると予想通りに振動したが,直線からジグザグに変わる直前に振動が止まり,遷移状態をのぞき見る窓が生まれた。

 

「分子がある配座から別の配座へ変わるためにエネルギーの山を越えるちょうどそのときに,振動数がゼロに低下することを見つけた」と,現在はコロラド大学ボルダー校に在籍するバラバンはいう。振動が停止するまでに分子が吸収したエネルギーを測定することによって,遷移状態のエネルギー特性を示すことができた。最近のScience誌に報告。

 

バラバンの共同研究者で独ギーセン大学にいるメラウ(Georg Mellau)は,この方法がシアン化水素からイソシアン化水素への変化など,より複雑な変換の遷移状態を追跡するのにも有効であることを発見した。瞬間的な遷移状態を定量化する能力は「化学が重要となるすべての場面で重要だ」とバラバンはいう。例えば燃焼反応での遷移状態をより深く理解することで,燃費のよい自動車を設計できるだろう。■

 

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