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転移するがん細胞は増殖しない〜日経サイエンス2016年3月号より

がん治療に新たな視点

 

悪性のがん細胞はじっとしていない。転移する。つまりもとの場所から移動し,体内の別の場所に新たな腫瘍を作り出す。ひとたび広がると,根治は難しい。

 

最近の発生生物学の研究から,がん細胞が他の組織に浸潤する能力をどのように獲得するかについて新たな手がかりが得られた。転移に先だって必要となる条件だ。浸潤するには細胞が分裂を停止する必要があることがわかった。浸潤と増殖は同時には起こらない。現在のがん治療は急速に増殖するがん細胞を標的としているが,今回の発見は新戦略につながる可能性がある。

 

線虫のアンカー細胞

ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のマトゥス(David Matus)とデューク大学のシャーウッド(David Sherwood)は,透明な線虫を使ってこの浸潤プロセスを明らかにした。この線虫では,正常な発達過程において「アンカー細胞(錨細胞)」と呼ばれる細胞が「基底膜」という構造を突破して広がる。この過程は,ヒトがん細胞が基底膜に浸潤して血流に入るプロセスに似ている。がん細胞が血液中に入ると遠くまで運ばれる。そこで2人はこの線虫C. エレガンスを転移のモデル生物として用いることにした。画像撮影が容易で遺伝子操作もしやすいからだ。

 

マトゥスらは線虫の数百の遺伝子のスイッチを入れたり切ったりして調べ,アンカー細胞の浸潤を制御している遺伝子を突き止めた。この遺伝子のスイッチを切ると,アンカー細胞は基底膜に浸潤できなくなる。だが同時に予想外のことが起きた。分裂し始めたのだ。反対に,アンカー細胞の増殖を阻害すると,細胞分裂が止まって再び浸潤し始めた。

 

続く実験で,細胞分裂の停止が浸潤の必要十分条件であることがわかった。病理学者による以前の事例観察で「増殖または浸潤のどちらか一方に限られる」状況が示唆されてはいたが,今回の研究は2つの過程が排他的である理由を説明する遺伝子機構を初めて明らかにしたものといえる。10月にDevelopmental Cell誌に報告。(続く)

 

続きは現在発売中の2016年3月号誌面でどうぞ。

 

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