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神経細胞死は防げるか〜日経サイエンス2011年10月号より

運動ニューロンの死を引き起こすALSの治療薬候補の治験が始まった


 イモリなどの両生類は,手足を切られても生えてくる。脳もある程度は再生する。だが人間は手足を切られたり,中枢神経が損傷したらそれきりだ。
 中枢神経が再生すると,それまでに神経回路に定着した知識・経験が失われる。人間は進化の過程で,知識や経験を蓄積する能力と引き替えに,再生能力のかなりの部分を失ってしまったらしい。だが肝臓や骨髄などには,強い再生能力があることが知られている。人間に残された再生能力を補強することで中枢神経を保護し,再生させることはできないだろうか?
 そんな試みが,東北大学で始まった。運動ニューロンが死滅して全身がまひする難病,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に,ヒトの再生誘導因子である肝細胞再生因子(HGF)を投与する臨床試験だ。目標はALSの進行を遅らせること。今回はまず,HGFの安全性を確認する。創薬ベンチャー,クリングルファーマ(大阪府豊中市)が製造するHGF製剤の治験として実施する計画で,7月11日に学内の治験審査委員会がゴーサインを出した。

 

「難病中の難病」
 ALSは脳の指令を筋肉に伝える運動ニューロンが機能しなくなり,身体が動かせなくなる難病だ。手足の筋力低下に始まって,話したり飲み込んだりすることができなくなり,歩行障害が起き,やがて呼吸筋が侵されると人工呼吸器が必要になる。意識は保たれ,知覚も侵されないが,動かせる部分が少なくなっていくにつれて周囲との意思疎通が困難になる。かすかに動く眼球や顔の筋肉を使い,文字盤やIT機器の助けを借りて何とか会話している人も多い。
 原因は不明で,治療法もない。唯一の承認薬のリルゾールも,効果は極めて限定的だ。国内には現在8500人,世界には35万人の患者がいる。「非常に過酷な疾患で,難病中の難病と言っても過言ではない。この病気の治療法開発は,すべての医師の悲願」と,治験を実施する東北大学大学院神経内科の青木正志教授は力をこめる。
 肝細胞再生因子は1984年,中村敏一現大阪大学名誉教授によって発見された。その名の通り,当初は肝臓の増殖を促すタンパク質と考えられたが,その後,腎臓や心臓,肺,血管や皮膚など多様な臓器・組織の保護や再生を促す作用があることがわかった。神経細胞にも強力な保護作用がある。作用メカニズムは多岐にわたり,「これまでに知られているほかの再生因子に比べても保護作用が強い」と,共同研究を進める慶応大学医学部の岡野栄之教授は指摘する。(続く)

続きは日経サイエンス2011年10月号で!

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