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ハドロ対ティラノ〜日経サイエンス2015年4月号より

解剖学に基づくレース予想

 

 哀れなハドロサウルス。アヒルのようなくちばしでカモノハシ竜として知られるこの恐竜には,ティラノサウルスに襲われても身を守る角も鎧も牙もなかった。体は大きすぎ,木に登ったり地面に穴を掘ったりして逃げることもできなかった。おまけに,この植物食恐竜は走るのが遅かった。だが幸い,ハドロサウルスの脚と尾の筋肉の配置が,ティラノサウルスの巨大な顎から逃げるのに役立ったらしい。

 

短距離走者ティラノサウルス

 ティラノサウルスは短距離走では速かったが,長距離走ではハドロサウルスが優っていただろう──古生物学者のパーソンズ(W. Scott Persons)は2014年11月にインディアナ大学出版局から出した恐竜の尾大腿筋に関する著作のなかでそう主張している。

 

 ティラノサウルスなど獣脚類恐竜の左右の尾大腿筋は,大腿部の骨に大きな尾筋がつながった構造だ。筋肉が収縮すると後脚が後方に振れ,恐竜の体を前進させる。ティラノサウルスの化石からすると,この尾大腿筋が股関節窩近くの大腿骨につながっていたようだ。現生爬虫類の3次元モデルを参考に推定すると,「この筋肉がごくわずかに収縮するだけで,脚が1回弧を描く」とパーソンズはいう。筋肉の収縮が短くてよいということは,大きな一歩を素早く踏み出せることを意味する。

 

 だがハドロサウルスの尾大腿筋は,大きさはティラノサウルスのものと同程度だが,大腿骨のずっと下のほうについている。このため筋肉に求められる収縮がかなり長くなり,ひいては歩幅が小さく,動きは遅くなる。この点ではティラノサウルスが有利だ。

 

ハドロサウルスの逃げ切り

 だが,長距離走では結果が違ってくる。ティラノサウルスの尾大腿筋が大腿骨の根元に近いということは,脚を動かすのに莫大なエネルギーがかかることを意味し,疲れるのも早い(ドアのノブが蝶番からたった10cmほどのところについていたら,開閉にどれだけ力がいるかを想像してほしい)。ハドロサウルスの場合,テコの作用に優れ筋肉の収縮もゆっくりだったので,長距離を走っても疲れなかっただろう。

 

 なので,ティラノサウルスがハドロサウルスを仕留めるには不意を突くしかないとパーソンズは指摘する。しかし,丈の高い草むらに隠れて獲物に忍び寄る敏捷な大型ネコ科動物とは違って,ティラノサウルスの大きさでは身を隠せない。いち早くスタートを切ったカモノハシ竜は,テコを利かせて脚を動かすことで逃げ切ったのだろう。■

 

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