日経サイエンス  2012年11月号

現代物理学の歩み 

減速から加速へ 宇宙膨張の奇妙な変化(2004年掲載)

A. G. リース(宇宙望遠鏡科学研究所,2011年ノーベル物理学賞) M. S. ターナー(シカゴ大学)

 SCIENTIFIC AMERICANはその167年の歴史のなかで,著名な科学者が執筆した記事を数多く掲載してきた。150人近いノーベル賞受賞者が合わせて200本を超える記事を寄稿している。SCIENTIFIC AMERICAN は2002年6月号で,ノーベル物理学賞受賞者が過去に寄稿した記事から12編を選び,その抜粋を掲載した。

 ここでは物理学賞受賞者が執筆した記事をさらに3本選び,抜粋を掲げる。いずれも各著者のノーベル賞受賞に結びついた研究に関するものだ。

 ブラッグ(William H. Bragg)による1930年の記事は,X線がどのようにして結晶構造をのぞき見る窓になるのかを述べている。彼はこの分野を発展させた業績により,1915年にノーベル物理学賞を息子と共同で受賞していた。同様にグレーザー(Donald A. Glaser)は1955年の記事で詳細に解説した「泡箱」の発明により,1960年の物理学賞を受賞した。そして最も新しいところでは,昨2011年の物理学賞は暗黒エネルギーのおかげで宇宙膨張が加速していることを発見した研究で主導的役割を果たした3人の研究者に贈られた。その1人であるリース(Adam G. Riess)は,宇宙膨張がいつ加速し始めたかを探る彼らの研究について,2004年のSCIENTIFIC AMERICANに記事を共著していた。(F. ジャブル/J. マトソン=SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 

 

減速から加速へ 宇宙膨張の奇妙な変化

 

 

 ニュートン(Isaac Newton)の時代から1990年代後半まで,重力といえば物質が互いに引き合う力のことだと考えられてきた。私たちを地面に引き止めているのは重力だし,投げ上げたボールが下に落ちてくるのも,月が地球を周回する軌道にとどまっているのも,重力が働いているからだ。私たちの太陽系も巨大な銀河団も,重力なしではばらばらになってしまう。アインシュタインの一般相対性理論によれば,重力は必ずしも引力であるとは限らず,反発力ともなりうるのだが,多くの物理学者はそんな可能性はあくまで理論上のもので,現在の宇宙には何のかかわりもない話だと考えてきた。天文学者もごく最近まで,重力によって宇宙膨張のスピードが鈍っているに違いないと信じ込んでいた。

 

 ところが1998年,重力が反発力として働いている兆候が見つかった。遠く離れた超新星(星が爆発し,わずかの間だけ太陽の100億倍もの明るさで輝く現象)を注意深く観測した結果,その光が理論から予想される明るさよりも暗いことがわかったのだ。理由としてまず考えられるのは,数十億年前に爆発した超新星の光が,予想以上の長距離をたどって地球に到達した可能性だ。だとすると,宇宙の膨張速度はそれまで考えられていたように減速しているのではなく,実は加速していることになる。さらに遠方にある超新星を観測した近年の結果から,宇宙膨張が確かに加速していることが裏付けられた。

 

 しかし,宇宙は誕生以来これまで一貫して加速膨張を続けてきたのか,それとも加速は比較的最近の出来事であり,例えば50億年ほど前に加速が始まったのだろうか?  その答えは大きな意味を持つ。宇宙膨張がずっと加速し続けてきたのなら,宇宙の進化に関するこれまでの理論は全面的な修正を迫られる。だが,加速膨張が最近の現象にすぎないなら(宇宙論研究者たちはそう期待している),いつどのように膨張が加速し始めたのかを調べて,その原因を突き止められるだろう。そして,宇宙が将来どんな運命をたどるのかという,より大きな疑問に答えを出せるかもしれない。

 

 アインシュタインの理論では,引力としての重力は宇宙論的なスケールでも既知のあらゆる物質とエネルギーに当てはまる。したがって,宇宙の膨張はしだいに遅くなるはずで,その減速度は宇宙に存在する物質とエネルギーの密度によって決まることになる。しかし,一般相対論は反発力としての重力を生じるような奇妙なエネルギーの存在も許している。宇宙の膨張が加速しているという発見は,そうした奇妙なエネルギーが実在することを明確に示した。いわゆる「暗黒エネルギー」だ。

 

 宇宙膨張が加速するか減速するかは,2つの強大な力の綱引きによって決まる。物質によって生じる引力としての重力と,暗黒エネルギーが生み出す反発力としての重力──そのどちらが勝るのか。勝負を決めるのは,それぞれの密度だ。宇宙が膨張すると体積が増えるため,物質の密度は低くなっていく。暗黒エネルギーについては,詳細はほとんどわかっていないが,その密度は宇宙が膨張しても変わらないか,変わるとしても非常にゆっくり変化すると考えられている。現在の宇宙では暗黒エネルギーの密度が物質の密度を上回っているが,はるか過去には物質の密度のほうが大きく,そのため宇宙の膨張が減速していた時期もあったのだろう。

 

 かつて宇宙膨張が減速している時期があった直接の証拠を探すことが重要だ。そうした証拠は現在の標準的な宇宙モデルの裏付けとなるし,現在の加速膨張をもたらした原因についても手掛かりが得られるだろう。はるか彼方の星や銀河からの光を望遠鏡で観測すると過去の宇宙(光が放射された当時の姿)が見えるから,遠方の天体を観測すれば宇宙膨張の歴史をたどることができる。銀河までの距離と,その銀河の後退速度との関係に,宇宙膨張の歴史が隠されている。もし宇宙膨張が減速しているなら,遠くの銀河の後退速度はハッブルの法則から予想されるスピードよりも速くなるだろう。逆に,膨張が加速しているなら,遠くの銀河の後退速度はハッブルの法則による予想値よりも遅くなる。あるいはこう言い換えてもよい。宇宙膨張が加速しているなら,銀河はその後退速度をハッブルの法則に当てはめて得られる距離よりも実際には遠くにある。このため予想よりも暗く見えるのだ。

 

 この単純な事実を研究に役立てるには,固有光度(その天体の絶対的な明るさのことで,1秒間に発する放射の総量)があらかじめわかっている天体を見つけなくてはならない。その天体の光が宇宙を通り抜けて地球まで届いている必要もある。この条件にぴったりの天体が,Ⅰa型というタイプの超新星だ。この10年間でⅠa型超新星の固有光度が正確に見積もられ,距離が未知のⅠa型超新星についても見かけの明るさをもとに距離を決定できるようになった。

 

 ただし,そんな遠方にある古い超新星を探すのは難しい。宇宙が現在の半分の大きさだったころに爆発したⅠa型超新星の明るさは,夜空で最も明るく輝くシリウスの約100億分の1でしかない。地上の望遠鏡では検出はほとんど不可能だ。だが,ハッブル宇宙望遠鏡ならそれができる。2001年,著者の1人であるリースはハッブル宇宙望遠鏡による反復観測の結果,非常に遠方にあるⅠa型超新星が幸運にも見つかったと発表した。この超新星SN1997ffは赤方偏移から推定して約100億年前(宇宙の大きさが現在の1/3だったころ)に爆発したもので,減光の原因が宇宙塵であると仮定した場合よりもはるかに明るく見えた。かつて宇宙膨張が減速していた時期があったことを示す初の直接証拠だ。私たち2人は,もっと大きく赤方偏移した超新星を観測できれば,膨張速度が減速から加速に転じた決定的な証拠が得られるだろうと提案した。

 

 2002年,ハッブル宇宙望遠鏡に新型撮影装置「アドバンスト・サーベイ・カメラ」が導入され,この宇宙望遠鏡は超新星の探索機に変身した。リースは同望遠鏡の深宇宙起源探査大天文台(GOODS)プロジェクトの協力を得て,非常に遠くにあるⅠa型超新星を発見しようと努力を重ねた。その結果,宇宙の大きさが現在の半分以下だった時期(70億年以上前)に爆発した超新星が6つ見つかった。これらはSN1997ffとともに,現在までに発見されたⅠa型超新星の中で最も遠方に位置する部類に入る。これらの超新星の観測結果から,過去に宇宙膨張が減速していた時期があったことが確認され,膨張速度が減速から加速に変わった「転換点」はおよそ50億年前であることがわかった。(翻訳協力:関谷冬華)

 

初出掲載 日経サイエンス2004年5月号

 

以上の抜粋の英文はScientificAmerican.com/jul2012/lindauに。

日本版記事全文のダウンロードはこちらから。

著者

Adam G. Riess / Michael S. Turner

リースは宇宙望遠鏡科学研究所(ハッブル宇宙望遠鏡の運営主体)の天文学者で,同時にジョンズ・ホプキンズ大学で物理学と天文学の非常勤准教授を務めている。1998年,加速膨張の発見を報告した高赤方偏移超新星探索チームの論文では代表執筆者となった。

ターナーはシカゴ大学のローナー記念講座教授で,全米科学財団で数学と物理学部門の副部長を務めている。彼は1995年にクラウス(LawrenceM. Krauss)と共同で執筆した論文で宇宙膨張の加速を予言していた。「暗黒エネルギー」という言葉の生みの親でもある。

原題名

From Slowdown to Speedup(SCIENTIFIC AMERICAN February 2004)

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