日経サイエンス  2012年11月号

現代物理学の歩み

物質の原子構造を探るX線の指(1930年掲載)

W. H. ブラッグ(1915年ノーベル物理学賞)

 SCIENTIFIC AMERICANはその167年の歴史のなかで,著名な科学者が執筆した記事を数多く掲載してきた。150人近いノーベル賞受賞者が合わせて200本を超える記事を寄稿している。SCIENTIFIC AMERICAN は2002年6月号で,ノーベル物理学賞受賞者が過去に寄稿した記事から12編を選び,その抜粋を掲載した。

 ここでは物理学賞受賞者が執筆した記事をさらに3本選び,抜粋を掲げる。いずれも各著者のノーベル賞受賞に結びついた研究に関するものだ。

 ブラッグ(William H. Bragg)による1930年の記事は,X線がどのようにして結晶構造をのぞき見る窓になるのかを述べている。彼はこの分野を発展させた業績により,1915年にノーベル物理学賞を息子と共同で受賞していた。同様にグレーザー(Donald A. Glaser)は1955年の記事で詳細に解説した「泡箱」の発明により,1960年の物理学賞を受賞した。そして最も新しいところでは,昨2011年の物理学賞は暗黒エネルギーのおかげで宇宙膨張が加速していることを発見した研究で主導的役割を果たした3人の研究者に贈られた。その1人であるリース(Adam G. Riess)は,宇宙膨張がいつ加速し始めたかを探る彼らの研究について,2004年のSCIENTIFIC AMERICANに記事を共著していた。(F. ジャブル/J. マトソン=SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 

 

物質の原子構造を探るX線の指

 

 人間は困難を克服した結果を予想する力と困難を克服しようとする望みを持っており,それを実現するために様々な巧妙な方法を考案してきた。視覚の不足に伴う困難を克服するために顕微鏡を発明したのが好例で,顕微鏡は肉眼では小さすぎて感知できないものを何千倍にも拡大して詳細を見る力を与えた。

 

 だが,顕微鏡では超えられない限界がある。私たちは顕微鏡の助けでとても小さなものを知覚するが,“とてもとても小さなもの”は見られない。生きている細胞の詳細な構造,各種の金属や綿毛,絹糸,ゴム,塗料,骨,神経といったものを構成する成分の重要な特徴など,多くの事柄は顕微鏡でも隠されたままであり,今後も決して見ることはできない。それは光学器械屋の腕が悪いからではなく,光そのものが無力になるからだ。

 

 放射の本質は多くの面で謎だが,光をエーテルという媒質のようなもののなかを伝わる波だと考えると,その重要な性質の多くを語れることはわかっている。放射が物体にぶつかると向きをそらされ,様々に変えられる。私たちの目がその物体に向いていれば,この変調された光が目に入る。そして私たちは,それら光の変調から,その変調を生んだ物体が何かを知るすべを長い経験を通じて身につけている。これが“見る”ということだ。

 

 この過程の中心となっているのが散乱と変調の作用だ。波はある波長を持っており,誰でも例えば海面の波などを見て知っているように,波長よりもずっと小さな物体は波にほとんど影響を及ぼさない。それと同様に,非常に小さな物体は光線に影響を及ぼすことができず,そうした物体は通常の意味では決して見ることができない。人間の目が感知できる光の波長は,幅が5万分の1インチの狭い範囲にある。

 

 X線はこの限界を破って,私たちが望む素晴らしいミクロの領域に導いてくれる。それが可能なのは,X線の波長が可視光の1万分の1の短さであると同時に,光の波としての性質はまったく同じであるという本質による。

 

 物質を構成しているすべての原子が同一のパターンで配置していて,原子が並んだまっすぐな列が端から端まで通っている場合,その物質は単結晶といわれる。完璧な配列の結晶ということだ。だが,ほとんどの物質,特に金属など私たちが日常手にする物質は,小さな結晶が寄り集まったものとして記述しなければならない。

 多結晶物質の棒をいかに変形しようとしても,一部にはそのような変形に抵抗する結晶が必ず存在する。そして,まだよくわかっていない何らかの原理によって,様々な結晶が互いを支え合っている。このように,棒の性質はその結晶の特徴によって決まるのだ。物体内部の結晶の配列を語ってくれるのはX線だけである。

 

 通常の光波では波長が長すぎてだめだが,X線は原子によって散乱されるだけの十分に短い波長を持っている。しかし,1個の原子による散乱はごくわずかだ。そこで規則的な結晶配置の出番となる。肉眼でやっと見えるだけの小さな結晶でも,配列パターンの単位が膨大な回数にわたって繰り返している。そうした繰り返し単位の1つが散乱を起こしているとき,他のすべてのユニットも規則的な順序で散乱する。これらを足し合わせた結果は検知可能なものとなり,結晶の特徴が検出される。

 

 もちろん,これは構造を調べる間接的な方法だ。個々の原子を知覚することはできない。その配列がわかるだけだ。しかし,こうして得た知識をすでに持っていた知識と組み合わせることが可能であり,自然界のパターンを数年前には想像もできなかったところまで読み解くことができるようになった。(編集部 訳)

 

 

以上の抜粋の英文はScientificAmerican.com/jul2012/lindauに。

著者

William H. Bragg

1915年ノーベル物理学賞。

原題名

X-Ray Fingers Feel Out the Atomic Structure of Matter(SCIENTIFIC AMERICAN December 1930)

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