きょうの日経サイエンス

2012年5月2日

外村彰先生を悼む

 

 午前7時。寝ぼけ眼で立ち上げたパソコンでメールを一読した途端、衝撃で目が覚めました。外村彰先生が、未明に亡くなったとの知らせでした。70歳でした。

 

 ゲージ場の存在を示すアハラノフ・ボーム効果の実験で知られる外村先生に初めて直接お会いしたのは、昨年8月のまだ暑いころでした。弊誌の特集企画「世界を変えた日本の頭脳:外村彰 ゲージ場の証拠を撮る」(2011年11月号)にご登場頂くためでした。

 

 埼玉県の鳩山にある中央研究所に向かう道すがら、外村先生が手術を受けてずっと自宅療養を続けてこられ、この日が職場復帰の初日であると聞きました。そうした状況で見知らぬ記者からの取材を受けて下さったことに驚きましたが、以前に私が書いた、先生の友人で共同研究者でもあるアハラノフ(Yakir Aharnov)博士の記事を読んで興味を持って下さったと伺いました。

 

 実際にお会いすると、これまで会見などでお見かけしていた時よりお痩せになった感じで、ゆっくり慎重に歩を運ばれる様子に胸を突かれました。ですが取材を始めると、口調はすぐに熱を帯びました。特に現在建設中の解像度0.1〜0.4Å、原子の中まで見える超大型電子顕微鏡の話になると、実に楽しそうに、わくわくとした面持ちでこう語りました。

 

 「私は、量子力学が最終の理論であるとは思いません。量子力学は今のところ、どこまで行っても実験と合ってしまう。でも、もっと実験のツールが良くなれば、ひっかかりが見えるんじゃないかと思うのです」。量子力学は極めて強靱な理論ですが、外村先生の口から出ると「ひょっとすると?」と思ってしまいます。外村先生の実験はそれほど美しく、有無を言わせぬ説得力があります。

 

 記事を掲載した後も何かとやりとりが続き、年明けに5月9〜10日に外村FIRSTプロジェクトで国際シンポジウムを開くと聞きました。超大型電子顕微鏡の稼働を目前に控えたキックオフであると同時に、周囲の方には、闘病を続ける外村先生を励まそうという目的もあるようでした。直前に企画されたにもかかわらず、ゲージ理論のヤン(Chen-Ning Yang)、量子力学のレゲット(Anthony J. Leggett)、そしてアハラノフら、ノーベル賞クラスの錚々たる先生方が駆けつけてくれることになりました。ですが病気は待ってくれなかった。

 

 「追悼の会になってもやりたい」とおっしゃっていた外村先生自身の遺志を受け、シンポジウムは予定通り開催されます。図らずも遺言となってしまった取材をした弊誌もこれを見届け、プロジェクトの今後を報じていきたいと思います。(古田彩)

 

 

<お知らせ>

以下の記事を無料で公開させていただいております。

1985年の記事は,当時の誌面をスキャンし作成しております。印刷した際画面がやや粗くなりますが,何卒ご了承ください。

 

2011年11月号 古田彩世界を変えた日本の頭脳:外村彰 ゲージ場の証拠を撮る

1985年1月号 外村彰「電子線ホログラフィー

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