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別冊日経サイエンス183 震災と原発

別冊183 はじめに

はじめに 

 

 2011年3月11日,マグニチュード9.0の巨大地震が宮城県沖で起き,東日本は激しい揺れに見舞われた。大津波が沿岸の街をのみ込み,東京電力福島第1原子力発電所では原子炉が冷却できなくなって3基が炉心溶融を起こし,膨大な量の放射性物質が大気や海に放出された。原発事故の深刻度の国際評価は史上最悪のチェルノブイリ原発事故と同じレベル7。津波に襲われた被災地の本格的な復興はこれからで,福島第1原発事故で避難した周辺住民の帰還のメドはまだたっていない。
 地震多発地域にある日本は先進国の中でもとりわけ地震研究に力を注いできた。阪神大震災が起きてからは,国が前面に立って全国の活断層や海溝型地震の発生確率の評価に取り組み,観測態勢を充実させ,地震と津波に対する対策を進めてきたはずだった。原発についても米スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故の教訓を踏まえ,地震多発地域であることを念頭に十分な安全対策を講じてきたはずだった。
 しかし,そうした研究や対策がまったく不十分だったことを,今回の東日本大震災と福島第1原発事故は如実に物語る。多くの地震学者,原発関係者は現実を前に呆然となり,「予想外」「想定外」という言葉を口にした。専門家でさえ,この日本でマグニチュード9,レベル7が起きるとは思っていなかった。本書は東日本大震災と福島第1原発事故を中心テーマに,それらに関する調査研究の現状を報告するとともに,今後の課題を展望する。

 

第1章「東日本大震災」
 「東日本大震災 鳴らされていた警鐘」では今回の大津波が実は予測されていたことを紹介する。産業技術総合研究所や東北大学などは宮城県や福島県の沿岸の地層を調査,津波で運ばれた堆積物の研究に取り組んできた。その結果,これら沿岸域では500〜1000年間隔で大津波が襲来していること,その繰り返し間隔から考えて,近い将来,大津波が再来する可能性が高いことが明らかになった。国も,こうした研究成果を踏まえ,地震活動の評価を見直そうとしていた矢先に東日本大震災が起きてしまった。
 震災前,仙台平野を襲った大津波としては唯一,「貞観津波」が知られていた。約1100年前の貞観年間の大津波で,当時の陸奥国の国府(日本三景の松島に近い宮城県多賀城市)が海に沈んだと国史『日本三代実録』に記されている。産総研などの研究からその実像が浮かび上がったが,今回の大津波は貞観津波の再来といっていいほど仙台平野などでの浸水範囲が一致する。貞観津波が起きた時期,大地震や大噴火が相次いだ。もしかすると今後の日本でもそうしたことが起きるかもしれない。「国史が語る千年前の大地動乱」では『日本三代実録』に記された当時の状況を紹介する。
 
第2章「迫る巨大地震」
 「浮かび上がるスーパーサイクル」では東日本大震災に続いて近い将来,再び巨大地震が起きる恐れがあることを報告する。北海道から九州に至る日本列島東方沖の各地域で大地震が起きることはよく知られる。最近明らかになったのは,そうした大地震が数十年から100年程度の間隔で何回か続いて起きると,近隣の複数の震源域が連動し,非常に巨大な地震が発生すること。普通の大地震の何サイクル分かを1つの大きなサイクルとする「スーパーサイクル」が存在するわけで,今回の東日本大震災は東北地方におけるスーパーサイクルが満期になって起きたと考えられる。産総研や北海道大学の調査によると,北海道東方沖のスーパーサイクルもほぼ満期になっている恐れがある。「最悪のシナリオ」は日本の経済活動の中枢に大きな影響を与える東海沖から四国沖にかけてのスーパーサイクルの最新研究報告。この地域で巨大地震が起きる際,富士山が噴火する恐れもある。「続く地下変動」「大噴火近い? 白頭山」では,東日本大震災によって本州東部を中心とした広域で地下の応力バランスが変わった結果,さらなる大地震と火山噴火が誘発される恐れがあることを紹介する。
 東日本大震災が起きたため,私たちの目は地震に行きがちだが,日本は火山活動が活発な地域でもある。「超巨大噴火の脅威 スーパーボルケーノ」は北米での超巨大噴火を取り上げているが,「日本においても,超巨大噴火とカウントしてもよい噴火がいくつも起きている」と,この記事の訳者でもある東京大学地震研究所の中田節也教授は話す。中田教授によると,日本の超巨大噴火は九州南部と北海道に集中しており,最近12万年間に18回起きた。例えば阿蘇カルデラを作った約9万年前の噴火では,北海道で火山灰が厚さ10cm近く積もったことがわかっている。最近12万年間に起きた超巨大噴火について,発生間隔を単純に割り算して求めると6700年。直近に起きた鬼界カルデラの噴火からすでに7000年を超えているので,そろそろ超巨大噴火が起きてもおかしくはないという。
 
第3章「減災に向けて」
 「揺れる前に警報 緊急地震速報システム」は大地震の強い揺れが到達する数秒から数十秒前に警報を発するシステムの紹介記事。東日本大震災で威力を発揮したが,課題も浮かび上がった。震災で家族や家,職場を失った人は,その精神的な苦しみを乗り越えて暮らしを立て直そうとしているが,「立ち直る力のメカニズム」を読むと,人間が本来的に持つそうした回復力に関する研究の現状がわかる。ただ「回復力だけには頼れない」に述べられているように,必要と判断された場合には,専門的な治療ケアが受けられる環境を整えておくことが重要になる。

 

第4章「福島第1原子力発電所事故」
 「レベル7からの出発」では,原発先進国とされる日本において,原子炉3基が炉心溶融に陥いるほどの事故がなぜ起きたのか,事故の経緯を詳しく追い教訓を探る。事故の全容解明にはほど遠いが,2011年暮れに公表された政府の事故調査・検証委員会の中間報告によって,事故を拡大させた重大な判断ミスや,津波の想定について何度も見直す機会があったのに結局,何の措置もとらなかった東京電力の対応ぶりがかなり明らかになった。記事には,この中間報告のエッセンスを盛り込んだ。事故の背景には「科学者の思考停止が惨事を生んだ」に述べられているように,原発の設計や安全管理にかかわる人たちの危機感の乏しさがあったようだ。「放射線被曝」は短い記事だが,様々な場面での被曝量がビジュアルでわかりやすく紹介されている。

 

第5章「山積する課題」
 今後の原子力利用を考える上で避けて通れない課題について,日本より対応が進んでいる海外事例を紹介する。福島第1原発事故では従来型原子炉の問題点が浮き彫りになったが,そうした問題をかなり解決した新型炉の実用化が海外で始まる。代表例が「“想定外”に備える」で紹介している原子炉「AP1000」。2011年暮れ,米原子力規制委員会は「AP1000」の設計を承認,米国内で建設に向けた動きが本格化した。「チェルノブイリ その後の10年」はチェルノブイリ原発事故から10年後の状況を報告した1996年の記事の再録。チェルノブイリ周辺地域では事故当初,住民が深刻な被曝を受け,事故から10年たって甲状腺がんや免疫力の低下,疲労,無気力など様々な苦難の中にある状況がつづられている。
 福島第1原発で事故を起こした原子炉は最長40年かけて廃炉になる。「原子炉解体 米国からの報告」は米国で進んでいる原発の廃炉の報告だが,事故を起こした炉の場合,この記事よりも格段の困難が予想される。「どこへいく放射性廃棄物 ユッカマウンテンを捨てた米国政策の行方」は原発から出る放射性廃棄物の最終処分の話。日本では処分地の立地すら決まっていないが,米国では20年以上前にネバダ州ユッカマウンテンに決め,90億ドルを投じて施設整備を進めてきた。ところがオバマ政権になって計画中止となった。原発を動かす限り増え続ける放射性廃棄物。これをどう最終処分するかは,どの国にとっても深刻な問題となっている。

 

 この別冊は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事を再録,編さんした。国内の著者と協力者,本文中の人物の肩書きなどは2012年2月時点のものに改めた。

                                                        2012年2月 日経サイエンス編集部

 

 

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