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臓器の左右の配置と形を決める遺伝子〜日経サイエンス2006年6月号より

右に曲がるか,左に曲がるか──
よく知られたタンパク質が実は左右の決定に深く関与していた

 

 どうして心臓は左で,肝臓は右にあるのか。生物が発生の初期段階で心臓や消化器などを作る時に,その配置と形を左右非対称にする2つの遺伝子を,東京理科大学の松野健治(まつの・けんじ)教授らのグループが特定した。これらの遺伝子を操作することで,ショウジョウバエの多くの消化器や内臓の配置と形を左右反転させることができるという。同様の働きをする遺伝子は脊椎動物にもあるため,臓器の左右差を決める普遍的な仕組みを解く新たな端緒となりそうだ。

 

消化管の向きが反対になった変異体

 松野教授らは約6000匹のショウジョウバエの中から,後腸(人間の大腸や小腸に相当)の向きが反対になる突然変異個体400匹を見つけた。通常の後腸は右ねじの向きに回転しているのに対し,この400個体の場合は左ねじの向きになっていた。さらに,これら400個体では中腸(人間の胃に相当)の配列もすべて反転していた。
 そこで正常なショウジョウバエと遺伝子レベルでの違いを比較したところ,これら400個体ではMyo31DFという遺伝子が機能していないことがわかった。この遺伝子が機能しないと精巣なども反転するが,それでも成虫に育って正常な繁殖を行うことを確認した。松野教授は「Myo31DFは生命の維持には関係なく,内臓を反転させる機能がある」と話す。ただし,消化器の中でもMyo31DFが発現しない前腸(人間の食道に相当)だけは反転しない。

 

ミオシンが左右決めに関与

 Myo31DFは「ミオシン」というタンパク質を作る遺伝子。ミオシンは細胞の内側に張りめぐらされたレール上を動き,細胞の移動や成長などに必要なほかのタンパク質を運ぶ。
 Myo31DFが働かないとなぜ内臓が反転してしまうのか。これを解くカギとして,松野教授はMyo31DFと似た別のミオシンを作るMyo61F遺伝子に注目し,この遺伝子が過剰に働くように操作してみた。するとショウジョウバエの後腸と中腸が反転した。これはMyo31DFが機能しない突然変異個体で起きている内臓の反転と同じだった。
 この結果から,Myo31DFが作るミオシンが細胞を特定の向きに移動させるタンパク質を運び,一方でMyo61Fが作るミオシンはその特定の向きへの移動を抑制すると予想できる。つまり,「内臓の左右の配置と形は,Myo31DFMyo61Fの機能の強弱関係によって決まる可能性が高い」と松野教授は考えている。通常のハエではMyo31DFMyo61Fよりも強く働いているが,何かの拍子にMyo31DFの機能が弱まるとMyo61Fの働きが相対的に強まり,左右の反転が起きるということになる。
 ネズミなどの哺乳類では,胚の段階でできる「ノード流」という体液の流れが体の大まかな左右を決めることがわかっている。ノード流はキネシンなどのタンパク質によって作られるが,このキネシンは微小管というレールの上を動く。今回のMyo31DFの機能の発見で,微小管とは別のレールの上を動くミオシンも内臓の左右の配置差の決定に深くかかわっていることがわかった。
成果はNature誌4月6日号に掲載。

 

筋肉にも細胞骨格にも
 ミオシンはアクチンとともに筋肉を作るタンパク質として有名だ。アクチンとミオシンが互いに滑り込み合うことで,筋肉の収縮・弛緩が起こる。一方,細胞レベルでもアクチンとミオシンのペアが存在する。アクチンは細胞を裏打ちするレール(細胞骨格)の1つ。ミオシンはこのアクチンの上を動き,必要な物質を運ぶ。今回のMyo31DFMyo61Fは細胞骨格アクチンの上で働くミオシンだ。

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