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金星の空から聞く地殻変動の響き〜日経サイエンス2006年10月号より

探査衛星ビーナス・エクスプレスは“金星震”の観測にも挑戦する計画だ

 

 約5億年前,金星で何かひどい出来事があったらしい。ほぼ全表面にわたって,猛烈な火山活動が起こったようだ。金星は地球の兄弟惑星であり,かつて何十億年も生命を維持していた可能性があると考える科学者もいるが,その痕跡はほとんど残っていない。真相を明らかにするには,金星内部で何が起きたのかを知らねばならない。
 「地球型惑星の進化を解き明かすには金星の内部構造を理解する必要がある」と,プロキセミー・リサーチ(メリーランド州レイトンズビル)の惑星科学者ストファン(Ellen Stofan)はいう。「この謎は,なぜ地球に生物がすめて金星にはすめないのかという根本的な問題と不可分だ」。
 欧州宇宙機関(ESA)の金星探査衛星ビーナス・エクスプレスは4月に金星周回軌道に達し,6月からデータ収集を始めた。この探査衛星は一見したところ,金星内部構造の調査にはまるで役に立たない。火星探査機マーズ・エクスプレスと似たような機能しかなく,もともと火星用に設計された装置を搭載している。金星の大気を調べるのが主目的で,固体の調査は想定外に近い。
 しかし昨年,3人の惑星科学者がビーナス・エクスプレスは金星の地質学的な謎を解明できると主張した。金星で起こる地震,「金星震」の観測だ。以前は,多数の探査機を着陸させて観測網を築く高額のプロジェクトが必要だと考えられていたのだが……。

 

大気の変化から震動をつかむ

 3人は仏国立科学研究センター(CNRS,パリ)のガルシア(Raphaël Garcia)とロニョネ(Philippe Lognonné),ボニン(Xavier Bonnin)。金星震によって生じる低振動数の音波の観測を提案した。地球では,この種の低周波音がいろいろな現象として現れる。低周波音が電離層のなかを伝わる際に生じる電波障害や,人間には聞こえないが動物には感知できるとされる超低周波不可聴音などだ。また,大気の乱流や火山噴火から発した超低音が地震計によって記録される例もある。
 金星の濃い大気は通常の観測には不都合だが,大気地震学には好都合だ。金星の大気は地球大気よりもずっと効率よく地震エネルギーをとらえる(地球大気は0.04%以下なのに金星大気だと約15%)だけでなく,上空遠くまで広がっているため,音波が上空の薄い大気に伝わるにつれて分子数の少ない空間にエネルギーが注ぎ込まれ,音波の振幅が大きくなる。同じ高度で比較すると,金星震の音波の振幅は同規模の地震の場合の600倍にもなる。津波のような現象(圧力ではなく浮力による波)も生じるだろうという。
 ガルシアらによると,マグニチュード6の金星震が深さ30kmのところで起きた場合,金星大気の圧力と密度が最高で10%も変化しながら振動すると推定される。この結果,高度170kmの大気の温度が100kmの範囲にわたって10℃も上がる。この熱変動は数分間続くので,ビーナス・エクスプレスの分光器で十分に検出可能だ。ただし,他の大気現象による熱変動と区別できなくてはいけない。「これが可能かどうか現時点では断言できない」とガルシアはいう。

 

地震計設置プロジェクト復活も?

 金星震を観測できれば,それだけで画期的といえる。「金星の地震活動については全然わかっていないのが現状だ」とワシントン・カーネギー研究所の金星専門家ソロモン(Sean Solomon)はいう。金星震からは,地形の新旧や表面の変形速度,断層の深さ(強い金星震は深いところで起きるとみられる)などの情報が得られ,この惑星の最近の歴史を明らかにできるほか,地表を動かすマントルの対流を突き止められるだろう。
 もっとも,地球で行われている観測と同等の詳しさで金星の内部構造をつかむには多数の地震計を金星表面に設置する必要があり,しかも480℃の高温のなかでも機能するようにそれぞれに冷却装置をつけなければならない。ストファンらは1990年代初めにまさにそうしたプロジェクトを提案したのだが,あまり支持を得られなかった。ビーナス・エクスプレスが金星震を検出すれば,この提案がよみがえるかもしれない。

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