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時空は小さな三角形の集まり?〜日経サイエンス2007年4月号より

ひも理論,ループ量子重力理論に次ぐ新理論が登場

 

 微細な三角形の構造から構成される風景があり,その構造が常に変化して新しいパターンを生み出す様子を想像してほしい。この風景は遠くから見ると完全に滑らかだが,近づいて見ると奇妙な幾何構造がごちゃまぜになっている。この一見単純なモデルが「因果的ダイナミック単体分割(CDT:causal dy-namical triangulation)」という新理論の中核だ。CDTは重力の法則と量子力学の統一という物理学における最も悩ましい問題の解決に向けた有望な手法として登場した。
 過去20年以上にわたって統一理論の最有力候補とされてきたのは「ひも理論」で,基本粒子と力が実は非常に小さな「エネルギーのひも」であると考える。だが一部の科学者は,ひも理論は既定の背景のなかにひもを設定しているので誤りだという。粒子と力だけでなく,その存在の舞台となる時空まで生み出すような理論のほうが優れている……。
 そこで1980年代から1990年代にかけて開発されたのが「ループ量子重力理論」で,大きさわずか10-33cmの小さなループのネットワークとして時空を記述する。この理論はブラックホールの特性を予測するなど顕著な成功をいくつか収めたものの,極めて重要な試験をまだパスしていない。時空の粒が集まって,私たちにお馴染みの4次元時空を形成することを示せていないのだ 。


4次元単体の集まり

 一方,CDT理論は生まれてから10年足らずだが,すでにこのハードルをクリアしている。同理論は主に欧州の3人の理論家によって着想された。オランダのユトレヒト大学のロル(Renate Loll),コペンハーゲン大学のアンビョルン(Jan Ambjørn),ポーランドのヤギェウォ大学のユルキウェイッツ(Jerzy Jurkiewicz)だ。
 CDT理論は単純な三角形構造をもとに時空を組み立てる。バックミンスター=フラー(R. Buckminster Fuller)が三角形の面を使ってジオデシック・ドームを作ったのと似たやり方だが,基本的な構成要素は「4次元単体」と呼ばれる“4次元の四面体”だ(四面体に三角形の面が4つあるように,4次元単体は5つの四面体が境界になっている)。各単体は幾何学的に平らだが,これらが集まってさまざまなパターンでくっつくと,曲がった時空を生み出すことができる。量子論の考え方では,非常に小さな規模で見ると時空の構造は常に変化しているはずなので,時空全体の幾何構造は,単体の取りうるあらゆる配置についてそれぞれの確率を足し合わせることによって定められる。

 

因果律に背くパターンを排除

 以前,このように宇宙を三角形に“分割”して表そうとした際には無意味な結果しか出なかった。無数の次元を持つつぶれた時空か,たった2次元の巻き上げられた幾何構造のどちらかにしかならなかったのだ。これに対しCDT理論は,因果的でない配置を除外したのがポイントだ(つまり,原因よりも出来事が先に生じることを許すようなパターンを除外する)。
 こうした非現実的な配置を排除すると,うまくいった。2004年,ロルとアンビョルン,ユルキウェイッツの3人はコンピューターシミュレーションを使って,数十万個の単体からなるモデル宇宙がちゃんと4次元になることを示した。さらに最近,モデル宇宙の大規模な形が標準的な宇宙論によって予測されるものとまさに一致することを示した
 次の大きなステップは,モデルに物質を組み込み,一般相対性論の方程式を完全にシミュレートできるかどうかを調べることだ。カナダのオンタリオ州ウォータールーにあるペリメター理論物理学研究所のスモーリン(Lee Smolin)によると,この理論は検証可能な予測をいずれ生み出す可能性があるという。例えばCDTモデルの時空は微小スケールで非古典論的な幾何構造を取るため,高エネルギーの光子については光速が通常とはわずかに異なるかもしれない。
 スモーリンはループ量子重力理論の先駆者だが,CDT理論がこれまで理論物理学者からあまり注目されてこなかったのは,同理論の研究がコンピューターシミュレーションに多くを頼っているためだろうとみる。しかし「この分野の研究では真相を知るのは容易でない」とスモーリンはいう。「紙と鉛筆で明らかにするのは難しい」 。

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