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ドクターフィッシュの生態学〜日経サイエンス2007年8月号より

乾癬の皮膚を食べてくれる珍しい魚が人気だが,彼らにもやむにやまれぬ事情が…

 

トルコの中央部にカンガルという町がある。赤茶けた山あいの天然温泉。そこで入浴料を払うと,魚の餌になれる。手や足を温泉につけて数秒すると,小さな魚が群れてきて,皮膚(角質)をつついて食べ始める。
「カンガルのドクターフィッシュ」と呼ばれ,人間の病気を治す力があるとの評判だ。だが,これは非常に珍しい生態学的適応の例で,むしろ温泉客が魚の助けになっている。

 

餌不足の閉鎖環境で

この魚が人間の皮膚を食べるようになったのは,他に選択肢がなかったからだ。温泉は水温が高いため,魚の餌になる藻やプランクトンが十分に育たない。以前は魚たちは温泉と近くの小川を行ったり来たりできたのだが,地元の羊飼いが傷ついた足を温泉につけたら治ったという1917年の話を聞き知った開発業者が1950年代に温泉を囲って小川から切り離し,魚群が閉じ込められた。
現在,トルコの富裕一族がホテルと別荘,行楽施設を建設し,このリゾートを乾癬患者向けに発売中。毎年約3000人がお金を払って温泉につかり,古い皮膚を腹ぺこの魚に食べてもらっている。それが刺激となって新しい皮膚が成長するらしい。また,リラックスしてストレス性乾癬が和らぐという。
それはさておき,「魚にとって人間の皮膚が大きな救いになっているのは間違いない」とトルコのアドナン・メンデレス大学の生物学者バルダッキ(Fevzi Bardakci)はいう。「魚にとっては食肉のようなご馳走だ」。
バルダッキは2000年,World Wide Web Journal of Biology誌に,同温泉にすむ2種の魚のうちの1種,ガラ・ルファ(Garra rufa)に関する論文を発表した。それによると,近くの小川に生息するガラ・ルファは平均で体長97mm,体重11gに育つが,温泉にいるものは体長がその3/4,体重が1/4ほどだ。さらに,夏の産卵期にメスに見られる卵母細胞(卵のもとになる細胞)の数が少なくサイズも小さい。小川にいるメスでは生殖巣が体重の3%から8%近くへと肥大するが,温泉のメスでは同1%が2%になるだけ。人間の皮膚を食べなければ,成長はもっと小さいだろうとバルダッキは結論づけた。温泉客の9割は夏にやってくるので,魚たちは絶妙のタイミングで栄養補給できる。

 

優れた適応力,日本の足湯にも進出

ガラ・ルファはコイ科の小型淡水魚で,コイ科の魚は適応性のよさで知られるとアクロン大学の生物学者ロンドラビル(Richard Londraville)はいう。同温泉の魚は数千年後に別の種に進化する可能性もあるという。
この温泉(34℃)よりも熱い水で生きていける魚は他にもいる。ただ,人間の皮膚を食べる魚は珍しく,それがあちこちで関心を呼んでいる理由だろう。
中国のある業者は,このアイデアを発案したのは自分たちだと主張,独自のドクターフィッシュを育てて北京を含む国内10カ所に温泉施設を建設したとウェブサイトで述べている。また,トルコのガラ・ルファの一部は日本の温泉に買い上げられ,数カ所の足湯で“お魚セラピー”を展開中だ。

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