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親戚一同みな家族〜日経サイエンス2007年9月号より

マーモセットには兄弟姉妹の細胞が一部混在している

 

 マーモセットの家族は仲良し家族の典型だ。子どもたちは成熟期を迎えてもファミリーにとどまって弟妹の面倒をみるし,父親は母親と交代で赤ん坊を背負い,母親が一休みできるようにする。
 この小さなサルには他の個体の細胞やDNAが混じって存在している。「マイクロキメリズム」と呼ばれる現象だ。互いの体の一部分を共有しているという一体感が協力関係を生み出しているかどうかはともかく,この現象から外来細胞に対する人間の免疫反応に新しい見方がもたらされる可能性がある。

 

おじさんが遺伝上の母親

 ネブラスカ大学の生物学者ロス(Corinna Ross)はマーモセットの体毛に含まれる遺伝物質を使って父子鑑定を試みる研究をしていた。このとき,体毛試料の多くが多様な細胞を含んでいることに気づいた。細胞のうち,その個体の遺伝子の組み合わせをそっくり全部備えているものもあれば,兄弟姉妹の細胞のようにDNA構成が約50%しか一致しないものもあった。実際,それらの細胞は二卵性双生児の細胞と同じものだった。 
 さらに調べると,試料を採取した17の器官すべて,卵子や精子にもマイクロキメリズムが見られた。ロスは「ちょっとパニクった」と回想する。父子鑑定を目指していたのに「問題が一挙に複雑になったので」。 
 生殖細胞もキメラということは……。ロスはこんな例を見つけた。あるメスのマーモセットは卵細胞に兄弟のDNAが混ざっていて,そこから生まれた赤ちゃんマーモセットの“遺伝上の母親”は母親の兄弟,つまり赤ん坊から見ると“家系図上のおじ”だった。また,36匹の二卵性双生児を調べたうち,26匹は少なくとも1つの組織にキメラ細胞があった。

 

自己免疫疾患の謎を解く

 マーモセットは骨髄(血液や免疫細胞を作る組織)にかなりのマイクロキメリズムが見られることが以前から知られており,免疫研究ではモデル動物としてよく使われる。ロスによると,マーモセットの多胎児たちは初期の段階で血流と胎盤を共有しており,胎児たちの細胞も兄弟姉妹の間で自由に行き来しているという。マーモセットがこれほど多くの外来細胞に対して生涯を通じて免疫寛容を維持している仕組みを解明すれば,人間の臓器移植や骨髄移植の際に拒絶反応を防ぐ方法がわかるかもしれない。 
 自己免疫疾患のメカニズムを解明できる可能性もある。ワシントン大学(シアトル)の免疫学者スティーブンス(Anne Stevens)によると,骨髄移植の拒絶反応に似た症状が現れることの多い硬皮症などは“自己”への攻撃でもキメラ外来細胞への反応でもないらしいことが,多くの証拠から示されている。むしろ外来細胞が宿主を攻撃している可能性があるとスティーブンスは考えている。 
 例えば新生児ループス症候群(全身性エリテマトーデスの母親から生まれた新生児に母親と同様の発疹が生じる)の乳児では発症部位に母親の細胞が見られるほか,I型糖尿病の男性患者の膵臓にも母親由来の細胞が存在することをスティーブンスは発見した。「暫定的な結果では,I型糖尿病の男児の組織の細胞のうち1000個に1個が母親由来と考えられる」という。 
 人間の母親と胎児の間で細胞が行き来している例は数多く報告されてきたが,かつてマーモセットについて考えられていたのと同様,一般にキメリズムは骨髄に限られ,時とともに消えていくとみられてきた。二卵性双生児の骨髄のキメリズムもよくあることで,多いときには20%の細胞に見られる場合もあるとスティーブンスはいう。まれには臓器に兄弟姉妹の細胞が見つかる場合もある。女児の一部の組織に,その女児の双子として一緒に生まれた男兄弟のDNAが混ざっている例などだ。 

 

健康への影響は?

 だがスティーブンスは「兄弟姉妹のマイクロキメリズムを全身について調べた研究はない」という。さらにキメラ細胞は健康な人にも存在するので,マイクロキメリズムが人間に予想以上に広く見られるとしても,健康にどう影響するのか,まだわかっていない。  
 マーモセットについては“仲良し家族”に新しい見方が生じる。今年の夏にはマーモセットのゲノム解読が完了する予定で,キメラ個体の体内で兄弟姉妹と共有する遺伝子のうちどれが実際に働いているかを調べやすくなるだろう。 
 しかしロスは,家族全員が子育てに協力することの美点はすでに明らかだともいう。「マーモセットでの発見で,自分の子どもを育てるのも兄弟姉妹の子どもを育てるのも,文字通り同じく重要だと納得できた」。

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