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タンパク質水増し事件〜日経サイエンス2007年10月号より

標準的な検査法が欺かれたが,代替法の導入に業界は消極的

 

 米国で今春,数百匹の飼い犬と飼い猫が病気になった。政府当局者が追跡したのはメラミンの出所。メラミンは窒素を多く含む化合物でプラスチックや肥料に見られ,動物が摂取すると腎臓で結晶化して腎不全を引き起こす。その後,米食品医薬品局(FDA)はペットフードを製造した中国の企業が小麦グルテンと米タンパク質の濃縮飼料にメラミンを故意に加え,タンパク質の測定値を水増しした疑いがあると発表した。タンパク質含有量が多い濃縮飼料ほど,高く売れる。
 混入が故意か過失かにかかわらず,メラミンは従来の標準的なタンパク質分析を欺いたわけで,この100年来の検査法は見直すべきだろう。代案はいくつかあるのだが,業界の腰は重い。

 

窒素を手がかりに推計する在来法

 食品タンパク質の測定にはデンマークのビール醸造者ケルダール(Johann Kjeldahl)が19世紀後半に開発した方法が使われている。強い酸で試料を溶かし,有機物質の分解で生じた窒素をアンモニアに変える。アンモニアの量は元の試料が窒素をどれだけ含んでいたかを示し,つまりはタンパク質の量もわかる。「この方法は確実で正確だ」とマサチューセッツ大学アマースト校の食品科学者マクレメンツ(Julian McClements)はいう。さまざまな製品に適用でき,タンパク質の種類も選ばないのが利点だ。
 これとは別に,やはり窒素を基にしたデュマ法もよく使われる。この方法では試料を燃やして窒素を放出させる。分析手法の標準を定めている国際分析化学者協会(AOACインターナショナル)は食品含有タンパク質の標準測定方法としてケルダール法とデュマ法を挙げている。
 ケルダール法もデュマ法も実績のある確立した検査法かもしれないが,完全に正しいわけではない。どちらも,すべての窒素が食品中のタンパク質(窒素を基本とするアミノ酸からできている)に由来すると仮定している。この仮定は不純物を含まない食品を分析する場合は妥当だ。食品を構成する他の主な要素は炭水化物と脂肪だが,これらは窒素を含んでいない。しかし,検査はタンパク質に由来する窒素とそれ以外の窒素を合わせた総量を検出しており,タンパク質そのものを測定しているわけではない。
 というわけで,窒素を豊富に含む化学物質を使えばケルダール法やデュマ法をごまかすことも可能だ。ペットフード事件では,メラミンから発生した窒素とアミノ酸由来の窒素との区別がつかず,試料中のタンパク質が多く計算されてしまった。

 

穀物では赤外分光法の利用も

 実験室で使われているクロマトグラフィーや紫外分光測光法など,窒素に基づかない検査方法がいくつかあるが,費用と時間がかかるうえ,食品からタンパク質を抽出する必要があり,この抽出処理が食品の種類によってさまざまに異なってくる。食品タンパク質を素早く解析するには「赤外分光法がおそらく最適だろう」とマクレメンツはいう。タンパク質中のペプチド結合が特定の赤外光を吸収することを利用する方法だ。
 この場合,検出しようとする目的物質をまず機械に通して,装置を較正する必要がある。だから,特定の物質を探すのでなければ,赤外分光法は役に立たない。タンパク質以外の信号が現れた場合は試料に不純物が混入していると考えられるが,それが何かは別の検査で特定することになる。
 カナダ穀物委員会は30年ほど前,赤外分光法の一種,近赤外反射分析法(NIR)を穀物検査に採用した。それ以来,英国,オーストラリア,ロシア,アルゼンチンなどの国々もNIRへ切り替えた。この方法をいち早く導入したカナダの穀物会社PDKグレインで顧問を務めるウィリアムズ(Phil Williams)によると,世界の小麦の90%以上はNIRで検査されているという。NIRは原理的に,小麦グルテンや米タンパク質の濃縮飼料を含め,さまざまなタイプの食品が含むタンパク質を測定可能だ。

 

経済性が課題

 それでも,窒素に基づく試験にNIRが取って代わるのは経済的に難しいとみる向きもある。食品分析を受託している会社,ニュージャージー食品飼料研究所(トレントン)の社長シュルツ(Carl Schulze)は,NIRが最も適しているのは1種類の食品を繰り返し検査し続ける場合だという。しかし,機械の設置にかかる初期費用が高く,検査対象に似た複数の試料を通して較正することを考えると,食品検査会社にとって現実的な代替法にはならないかもしれない。
 いまのところ,ペットフードなどの加工食品業者は新方法を採用するかどうかを決めていない。「安全手順を作成している最中だ」というのは,サンフランシスコにある飼料食品商社ウィルバー・エリスの副社長ソルター(Ron Salter)だ。抜き取り検査の手順も検討しているという。当面は窒素に基づく方法が引き続き主役の座にとどまりそうだ。

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