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本当のテレポーテーション〜日経サイエンス2008年5月号より

SF映画もよいけれど,量子情報はもっと刺激的

 

 

 ある場所から別の場所へ瞬間移動するというSFの夢(完全な空想)は,スティーブン・グールドの小説に基づくダグ・リーマン監督の映画『ジャンパー』(日本では3月7日から公開中)の冒頭に引き継がれている。そこで,カリフォルニア工科大学の量子物理学者キンブル(H. Jeff Kimble)に,物理学者が量子テレポーテーションをどう理解しているのか聞いた。量子テレポーテーションは通勤・通学(commuting)よりも計算(computing)に向いているという。

 

量子テレポーテーションに関する最も大きな誤解は何ですか?
 物体そのものが送られると勘違いされている点だ。物質をあちこちに送るのではない。ジェット旅客機を送ろうとするなら,すべての部品を送るか,全部品を示した設計図を送るかのどちらかだが,設計図1枚のほうがはるかに簡単だ。テレポーテーションは量子状態,つまり波動関数を,ある場所から別の場所へ送る方法だ。

 

それは難しいことなのですか?
 最も単純明快な例として,電子の場合を考えよう。A地点からB地点へ向けて単に電子を発射すると,電子は量子状態を伴いながらB地点へ向かっていく。しかし,たいていはこの過程で量子状態がめちゃめちゃに乱れ,うまくいかない。

 

量子テレポーテーションはその問題をどのようにして回避する?
 テレポーテーションを可能にするカギは「量子もつれ」という特殊な資源だ。あなたはA地点にいるアリスで,私はあなたに量子状態の不明な電子を1つ渡すとしよう。あなたの仕事は,その量子状態(電子ではなく)をB地点のボブに送ること。ただ,あなたが電子の量子状態を直接測定すると,量子状態は必然的に乱れてしまう。
 しかし,あなたとボブは別に1対の電子を共有している。あなたが1個,ボブはもう1個を持ち,それらは量子もつれ状態にある。例えば,あなたの電子のスピンが上向きならボブの電子はスピン下向きで,逆も同様だ。そこであなたは,私が渡した電子とボブと共有している電子の2つをまとめて測定する。この結果,あなたは2ビットの情報を得る。あなたがボブに電話をかけてその2ビットを伝えると,ボブはそれをもとに自分の電子を操作する。するとあら不思議,理想的には,ボブは私があなたに渡した電子の状態を完全に再現できるというわけだ。

 

量子状態を伝送する目的は? 何かに応用できるのですか?
 量子コンピューターを作るとしよう。量子メモリーと量子プロセッサーの間でデータをやり取りする必要がある。テレポーテーションは両者を結ぶ理想的なワイヤになる。

 

近年の進展は?
 1998年,私のチームは1本の光ビームのテレポーテーションを実証した。最初の真の実証実験だったといえる。数年前(2004年),米国立標準技術研究所に所属するワインランド(David J. Wineland)のグループ,またそれと同時にオーストリアにあるインスブルック大学のブラット(Rainer Blatt)のグループが,磁気トラップに捕捉されたイオンの内部スピンをテレポートした。これは質量を持つ粒子の状態をテレポートした初の例だった。さらに最近では(2006年),コペンハーゲン大学のポルジック(Eugene S. Polzik)のグループが光の量子状態を物質系に直接テレポートしてみせた。

 

それらに実用的な価値がある?
 実用上の意味はある。量子コンピューターは光と物質の混成システムになるからだ。光はある場所から別の場所へ非常に低損失で伝わるが,光を保存するのは実に難しい。

 

話は変わりますが,新作映画『ジャンパー』では何人かが瞬間移動します。
 そいつは知らなかった。

 

『X-Men 2』ではナイトクローラーが……
 X-Menも見てない。

 

NBCテレビの『ヒーローズ』は?
 いや。フットボールのプレーオフは見るが。

 

でも,ご存じカーク船長は……
 助言させてほしい。それらに出てくるテレポーテーションの話はしないことだ。
 15年か20年前には存在もしなかった本当に刺激的な科学のフロンティア,それがこの量子情報科学だ。従来のコンピューター科学と量子力学が結びつく。まさにワクワクドキドキの出来事が進行中なのだよ。

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