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落ちそで落ちない量子の不思議〜日経サイエンス2009年2月号より

奇妙な量子効果が見つかった──ボールは崖を転がり落ちない!

 

 量子力学では物事の常識が正反対にひっくり返る,といってよいだろう。何もない空間は満杯であり,粒子は波であり,猫は生きていると同時に死んでもいる──といった具合だ。最近,ある物理学者グループが量子のもう1つのキテレツな特質について研究した。
 粒子がテーブルの表面を転がって端に達すると,当然ながら落ちると思うだろう。残念でした。ある条件下では,量子はテーブル上に残り,元の方向に転がって戻ってくる。

 

反トンネル効果

 この効果はよく知られた(そしてやはり驚くべき)現象,「トンネル効果」の逆だ。坂道にサッカーボールをゆっくり蹴り上げるとボールは戻ってくるが,量子を同じ速度で蹴ったときには坂を越える場合がある。“トンネル”を抜けて坂の向こう側へ行くのだ(ただし実際にトンネルが掘ってあるわけではない)。粒子が原子核から離脱してアルファ崩壊が起こる理由は,この効果で説明される。また,多くの電子機器の基礎にもなっている。
 トンネリングでは,通常のボールなら絶対に起こらないことを粒子が実行している。逆に,通常のボールが常に起こしていることが粒子では起こらない例もある。崖の端に向かってサッカーボールを蹴れば,ボールは確実に崖から落ちるだろう。これに対し,粒子を崖に向かって蹴った場合には,元の場所に跳ね返ってくることがある。テーブルや階段の端を検知するおもちゃのロボットのようだが,粒子にはそんな仕組みなど入っていない。
 粒子に作用している力が示すのとは正反対の振る舞いが自然に生じる。解析にあたった研究者たち〔グラナダ大学のガリド(Pedro L. Garrido),ヘルシンキ大学のルカリネン(Jani Lukkarinen),ラトガーズ大学のゴールドスタイン(Sheldon Goldstein)とトゥマルカ(Roderich Tumulka)〕はこの現象を「反トンネル効果」と呼んでいる。

 

量子の波が反射して…

 トンネル効果も反トンネル効果も,粒子が波の性質を持っていることから生じる。波の性質があるということは,粒子の位置が一般に曖昧であることを意味する。この波は粒子が見つかる可能性のある場所の範囲を示すが,音波など通常の波と同様の挙動を示し,あまり硬くない障壁にぶつかると,強度は弱まるものの一部が壁を透過する。壁が厚すぎない場合,透過した波が壁の反対側に再び現れる。これがトンネル効果のアナロジーだ。
 一方の反トンネル効果は,媒質の条件が急変した場所で波の一部が反射される(より伝播しやすい条件に変わったところでも反射される)のに似ている。海に潜って上を見ると海面が鏡のように見えるのは,これと似た現象だ。反射が起こるには条件変化が十分に“突然”である必要があり,変化の起こる距離が波長(粒子の波長はその運動量に関係する)より短くなければならない。変化が緩やかだと,波は単にそのまま進み,粒子はサッカーボールと同じ振る舞いをする。
 ガリドらは数値解析を行い,この現象が理想化された仮定の産物ではないことを確認した。また,量子がテーブルの端から落ちるまでにテーブル上にどれだけ長くとどまるかを計算し,テーブルの高さが高いほど長くなることを示した。
 広く使われている量子力学の入門教科書の著者であるリード大学のグリフィス(David Griffiths)は,これを「甘美なパラドックス」と呼ぶ(彼の教科書の第2版では一種の反トンネル効果を演習問題に取り上げている)。マサチューセッツ工科大学の物理学者ウィルチェック(Frank Wilczek)は「解析は確かであり,私が気づいていなかった興味深い現象を指摘してくれた」という。
 反トンネル効果は実験室で使う粒子トラップの構築や原子核崩壊の説明,量子力学の基礎の探求などにつながるだろう。だが最大の魅力は,構築後ほぼ1世紀になる量子力学理論がいまだに驚きを少しも失っていないことを物理学者に思い起こさせた点にある。

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